2013年06月22日

あの人は今どこに

Kスポ−ツクラブの男性更衣室の件があってから、
私は、男性の人権擁護に取り組む団体を探して、
インタ−ネットで検索をするようになった。
その頃、ネットには、「メンズリブフォ−ラム札幌」という名のHPがあって、
「活動場所」と書いてある北海道立市民活動促進センタ−に電話をしたことがある。
連絡先は、札幌エルプラザの市民活動センタ−だという話を聞いて、
そちらに問い合わせの電話を入れたが、
「今はもう活動していないようだ」という答えしか返ってこなかった。
「賛同人」になっていた、北海道大学大学院の助教授の、
Sさんに聞けば何かわかるかもしれないと思い。
そちらにも電話をしましたよ。
出てくださったのは庶務のOさんという人で、
私の電話をていねいに受けてくださって、
助教授のSさんと連絡を取ってくださった。
しかし、得られた答えは市民活動センタ−と同じで、
結局私は、「メンズリブフォ−ラム札幌」を立ち上げた人の名前も、連絡先も、
知ることができなかった。

わからないから、X(エックス)さんにしましょうか?
Xさん、あなたは今どこにいますか?
もしかするとすぐ近くにいて、
「差別ネットワ−ク」に書き込みをしていたりして?

インタ−ネットを媒体として男性差別とたたかう人には、
私など足下にも及ばない論客もいて、
それは、幾ばくかの安らぎを私に与えることもあるが、
なぜか、男性差別とたたかう「団体」の姿が、
「差別ネットワ−ク」以外には見えてこない。
「男性差別を許さない市民の会」には、何回かアクセスしましたが、
なぜかご返事いただけないのです。

「賛同人」に大学の先生を据えて、
前向きな言葉でホ−ムペ−ジを立ち上げていたXさん。
あなたは今、どこにいますか?
あなたのような人や、インタ−ネットの論客や、
全国の、男性差別を憂う人たちが結集して、
男性差別とたたかう団体が、
今の日本にはつくられなければならないと、
私は強く思っている。

2013年09月18日

愛の世界をあなたに (1) 百万本のバラ (加藤登紀子)

加藤登紀子の歌は共感性に溢れています。
私は最近、特に「18の頃」が好きで、車の中でよく聴いていますが、
今回は、有名な「百万本のバラ」を、このブログにのせることにしました。

本当は、私のCDから、画像なしでアップしたかったのですが、
著作隣接権の問題をクリアできないので、
You Tube からのリンクにさせていただきました。

    【追記 2014.8.14】 
       下の動画がいつの間にか削除されてしまい、たいへん残念です。
       しかし、曲は You Tube で聴くことができます。
       URLは次の通りです。

http://video.search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&p=%E7%99%BE%E4%B8%87%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%83%90%E3%83%A9+%E5%8A%A0%E8%97%A4%E7%99%BB%E7%B4%80%E5%AD%90



私は、特に、
安らぎのない日々を送っている男性に、この曲を聞いてほしいと思っています。
加藤登紀子の歌声は、きっとあなたを癒やしてくれるはずです。

ある男性はネットの中で、「この曲を聴いて泣いた」と言っていました。
「貧しい画家」と自分を重ね合わせたのだそうです。
でも、人前では、男性はそんなこと言えませんよね。

しかし、もしもあなたが一人の部屋でこの曲を聴くのなら、
見ている人は誰もいません。
ジェンダ−の呪縛を捨てて、あなたは泣いてもいいのです。

     ◆      ◆      ◆

ところで、「ウィキベディア」からの引用ではありますが、
この曲の解説を、次に要約します。

 『百万本のバラ』の原曲は、1981年にラトビアの放送局「ミクロフォンス」が主催する歌謡コンテスト「ミクロフォナ・アプタウヤ」で歌われた『Dāvāja Māriņa:マーラ(注1)は与えた』というラトビア語の歌謡曲。作曲はライモンズ・パウルス。作詞はレオンス・ブリアディス。この曲は、コンテストで、アイヤ・ククレ とリーガ・クレイツベルガ の2人によって歌唱され、優勝曲となった。歌詞の内容は、後述のロシア語版やその内容を踏襲した日本語版とはまったく異なり、大国にその運命を翻弄されてきたラトビアの苦難を暗示するものだった。ラトビアのラップ歌手のオゾルスが、この曲をラップミュージックに編集して歌唱している。
     (注1) 「マーラ」はラトビアの神話に登場する女神。ラトビア神話の神々のなかで、
        最高位にある神の一人。

 アーラ・プガチョワの歌唱で知られるロシア語版の作詞者は、アンドレイ・ヴォズネセンスキー。1982年にメロジヤからシングル盤として発売された。多くのテレビ番組やラジオ番組で取り上げられ、ソ連崩壊まで長きにわたって絶大な人気を博した。日本では、ビクタ−から、1983年にLP盤が、1988年にはCDが発売された。

 歌詞の内容は、グルジアの画家ニコ・ピロスマニが、マルガリータという名の女優に恋をしたという逸話に基づいている。ラトビアの作曲家が書いた曲に、ロシアの詩人が、グルジアの画家のロマンスをもとに詞をつけ、モスクワ生まれの美人歌手が歌うという、多様な民族の芸術家が絡んでいる点で、ソ連ならではの歌とも言える。

 このロマンスの真実性については諸説ある。ピロスマニは、マルガリータをモデルとしたといわれる作品を何枚か残しており、グルジアの首都トビリシの国立美術館で、『女優マルガリータ』を観ることができる。1969年、パリでピロスマニの個展が開催された際には、マルガリータ本人と目される女性が現れたと伝えられる。一方、1975年にピロスマニについての研究書を著したエラスト・クズネツォフは、この著作の中で、マルガリータの実在性に強い疑問を呈している。

 山之内重美は、2002年の著作において、ピロスマニにマルガリータという名の恋人がいたことは確からしいとしつつ、彼女がバラの花を愛した、とか、画家が大量の真紅のバラを贈った、といったエピソードは、ヴォズネセンスキーの創作だとしている。2007年には、ロシアの文化テレビ局が放送した、ピロスマニについてのドキュメンタリー番組で、パリでの個展の際の出来事が紹介された。

 日本語版は、加藤登紀子の訳詞、および歌唱にて、1987年にシングル盤として発表されたバージョンが著名。
                                  

2014年04月15日

ロングカ−ディガン

「女性専用車両に反対する会」の入会申込書の中に、
最近の女性の、性的挑発傾向の強い服装を批判する文章を書いたら、
「市民権さん」から、
「服装の自由」を主張するコメントをいただいた。
返信はコメント欄に書いたが、
実は私も、基本的には、
「服装は自由だ」と主張する人間の一人で、
服装に関する私の個性は、男性としては、たぶん強い。

私は、自分に似合わない服装はしないが、
実は1年ほど前から、
メンズライクではあるが、
レディ−スのロングカ−ディガンを着て、
ショッピングモ−ルを歩き、
喫茶店でブログの原稿を書くようになった。
以前買った、比較的高価なメンズのセ−タ−の中に、
きれいなパ−プル系の、気に入っていたVネックがあるが
この冬はそれを着ることがなかった。

好きなデザインのロングカ−ディガンを着て、
全身が映る鏡の前に立てば、
鏡の中に、幸せな自分がいる。
記事「男性の自殺 (1)」に書いた理由によって、
私は、光を気にするが、
それが、均一にあたる柔らかい光であれば、
求める美しさは鏡の中に現れる。
煩悶から解き放たれた、幸せのひととき、
それは、もしかして、ナルシシズム・・・・・?
いや、そこまでの自己陶酔ではなくて、
もしも私が女性であれば、鏡の前の平凡な幸せとして・・・・・。

私が通っているダンススタジオの、ある女性が言った。
今度生まれてくるときも女がいい。
女の方が楽しいことがたくさんありそうだし・・・・・。

私は、ロングカ−ディガンを着てショッピングモ−ルを歩きながら、
彼女の言葉を思い出す。
美しさを着て、幸せそうに歩く女たち、
私はひととき、彼女たちと同化して、
美しさを着る幸せをかみしめる。
男たちの知らない幸せがここにあると・・・・・。


2014年08月17日

「高野悦子」のこと

若い人は 高野悦子のことを知らないのかもしれない
ふり返ればすでに 遠い日のことだ

私がまだ10代の頃 
1969年 6月24日の未明に
高野悦子は自殺をした
鉄道自殺だった

彼女は私より少し年上で
当時 立命館大学文学部史学科の学生だった

彼女の本が出版された時 私は東京にいて
今はもう会えなくなってしまったMという友人のアパ−トで
彼女の話をしたことがある

昨年の秋
私はなぜか 彼女に会いたくなって
新潮文庫に収められている彼女の本を買った

当時ベストセラ−となった「二十歳の原点」

彼女は今も 私たちの社会の中に生きている

きのうの夜 私は 彼女を思い出して
家の近くのレストランで
レモンサワ−を飲みながら 彼女の本を読んでいたら
なぜか胸が 熱くなりすぎてしまった

俺も年をとったのかな ?

彼女の本の 
最後に掲載されている詩を載せる

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

旅に出よう
テントとシュラフの入ったザックをしょい
ポケットには一箱の煙草と笛をもち
旅に出よう

出発の日は雨がよい
霧のようにやわらかい春の雨の日がよい
萌え出た若芽がしっとりとぬれながら

そして富士の山にあるという
原始林の中にゆこう
ゆっくりとあせることなく

大きな杉の古木にきたら
一層暗いその根本に腰をおろして休もう
そして独占の機械工場で作られた一箱の煙草を取り出して
暗い古樹の下で一本の煙草を喫おう

近代社会の臭いのする その煙を
古木よ おまえは何と感じるか

原始林の中にあるという湖をさがそう
そしてその岸辺にたたずんで
一本の煙草を喫おう
煙をすべて吐き出して
ザックのかたわらで静かに休もう

原始林を暗やみが包みこむ頃になったら
湖に小舟をうかべよう

衣服を脱ぎすて
すべらかな肌をやみにつつみ
左手に笛をもって
湖の水面を暗やみの中に漂いながら
笛をふこう
   
小舟の幽(かす)かなうつろいのさざめきの中
中天より涼風を肌に流させながら
静かに眠ろう

そしてただ笛を深い湖底に沈ませよう


2015年12月24日

ジェンダー アイデンティティー (Gender Identity)

私が通うサロン(もちろん真面目な)のエステティシャンは、
私の顔のマッサージをしながら、受容的なトーンで言う。
「翠流さんて、普通の男性と、ずいぶん違うみたい・・・・・」
私は、その言葉を聞きながら、二つの感情を抱く。
一つは、彼女に受け入れられているという安堵感。
もう一つは、今日もまた、
私はマジョリティーではないと、思わされるストレス。

私が所属しているボランティア団体の、まだ若いあの人は、
昨年の夏、私が、紫色の大きな花柄の、もちろんレーヨン素材の、
ウエストをつめた、流れるようなラインの(メンズの)アロハシャツを着ているのを見て、
驚いたように、しかし好意的に言った、
「翠流さんて、オシャレですね・・・。それって、どこで買ったんですか?」

アロハの季節が終われば、
やがて、ロングカーディガンの季節がやってくる。
私は、今年もまた、お気に入りの、メンズライクの、レディースの、
ロングカーディガンを着て、ショッピングモールを歩く。
今日は、ラウンドネックの下の薄手のタートルも、柄物のレディースだった。
先日私は、ある店の、メンズのコーナーに満足できなくて、
レディースのコーナーに行った。
昨年もそうだった。
被害妄想か否か定かではないが、
私に圧力をかけるように近づいてくる女性客。
しかし私は、心の中に幾ばくかの動揺を与えられても、
平然と、買い物を続けられるようになった。
それは、私に、新しく与えられた幾らかの解放と、長すぎる歳月を経ての開き直りと、
法務省が、人権擁護の主要課題に、マノリティーの人権擁護を掲げるようになったという、
時代の変化があるからだろう。
しかしもしも、私が女であったなら、
長すぎる抑圧の歳月はなかった。

私が常連となった、某レストラン。
その、なぜかもう1年以上、レディースデーをやっていないレストランの、
まだ若い女性店長は、笑みを浮かべながら私に言う。
「翠流さんて、ほんとうにオシャレですね。この前も、ほかの人と話してたんですよ・・・」
たとえ職業的な笑みであっても、私はその言葉に癒される。
しかし、時代を見れば女たちは、私より遥かに自由で、
消費の世界の一層の主役となった彼女たちと私の距離は、
むしろ、広がり続けていると思う。
女たちには、限りなく美を求める自由があり、
男たちには、それを阻む圧力がつきまとう。

私より遥か後方にいて、
美を剥奪された閉鎖空間に住み続ける男たち、
彼らは果たして、本当に、今の自分に満足しているのだろうか ?
彼らは実は、本質的には美を求めつつも、
不器用に、無理をして、既成の、「男らしさ」というジェンダーの呪縛の中に、
閉じ込められているのではないだろうか ?
呪縛を捨てれば、新しい幸せが来るというのに・・・・・。

私は自分が、マジョリティーであることを願う。

私たちは、本来、絶対性のないジェンダーの呪縛から自由のはずであって、
生まれ落ちた性別によって、求める世界が制限されてよいはずはない。
外部注入としてのジェンダーの呪縛は、
個性に対する不当な性的偏見として、理不尽なジェンダーハラスメントを引き起こす。
「男性として生まれた」という事実は、
何を求め、どう生きるかという、その人の本質を決定しない。
それは、インターセックスとして生まれても、女性として生まれても、同じである。
私たちには、自分らしく生きる自由が、あるはずなのである。