2014年02月17日

男性の羞恥心 (1)

(2020年7月:加筆)

男性の羞恥心、特に性的羞恥の問題に関わって、ある人が、
ネット上に、発言の場を提供してくださった。
そこに投稿した文章をもとに、
男性の性的プライバシーに関わる私の認識を記す。
やや長い文章になったが、
羞恥に関わる男性の人権について、
私の基本的な考え方が記されている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◆ 羞恥心の強さは人によって違います。性別で単純にカテゴライズできる問題ではないのです。男性にも羞恥心の強い人がいます。彼らは羞恥に対する配慮を必要としています。羞恥は人間としての尊厳に関わる感受性であって、屈辱や危機の回避、プライバシ−の確保として配慮されなければならない重要な人権の一つです。配慮がなければ、それはハラスメントです。男性だから配慮しないというのは、不当な性的偏見に基づく人権侵犯です。しかし、現実には、私たちの社会には、男性の羞恥心を軽んじる傾向が、強く存在する。「羞恥心を持つのは男らしさに反する」という価値観の押しつけもある。例えば、ネット上の発言として、「男性更衣室に女性の清掃員を入れるのはやめてほしい」と主張する男性に対して、ある女性が、「最近の男性はそんなことを気にするのですか? そういうことって冗談にもっていけませんか?」と不当な圧力をかけた。また、男性同士の間にも、羞恥を男らしさに反する感受性として揶揄し、剥ぎ取るようなハラスメントが存在します。例えば、私が、東日本大震災に関わって、東北地方の、ある男女共同参画部局に電話をしたとき、受けてくれた男性職員が、こう言っていました。「修学旅行で入浴をしたとき、私が、タオルで前を隠して浴室の中を歩いていたら、クラスの男子に、『おまえ男のくせにそんなところを隠しているのか』と揶揄され、非常に嫌な思いをした」と。また、医療機関にも、男性に対するハラスメントが存在します。例えば、小児科の診察室で、医師の前に座った男の子に近づいてきた女性看護師が、「男の子だから恥ずかしくないよね」と、精神的な圧力をかけて服を脱がせるというような行為。私自身も、脱衣とは別の件ですが、ある医療機関で非常に嫌な思いをしたことがあります。私はその時、その院長の発言を電話で私に伝えた受付の職員を怒鳴りつけました。もっともこの時は、その日の夕刻、院長が私の携帯に詫びの電話を入れてきましたから、院長は自分の過ちを認めたわけですが、私は、そんなクリニックに通院などとてもする気にはなりませんから、検査料と交通費を合わせて8,000円を越える経費を捨て、別のクリニックに行き直したのでした。全く話になりません。

 ところで、なぜこのような風潮が作り出されたのかについて、そのルーツをたどれば、恐らくは、特に戦前・戦中の男性教育の中で増幅し、強制力をもって形づくられた「男らしさの規範」の影響があると思います。戦時中、男性は「戦争の道具」として命を落としていった悲惨がありますが、男性に対する教育の中で、羞恥心は切り捨てられていったと思います。その「男らしさの規範」が、今日にあっても、人々の認識として広く深く社会に残り、羞恥心の強い男性に対して、不当なジェンダーハラスメントを引き起こしているのです。

 しかし、羞恥に対して鈍感な男性がいるのも事実です。そして、そういう男性の感受性が、あたかも男性一般の感受性であるかの如く、上に述べた「男らしさの規範」を背景として、意識的に、或いは誤って、単純化され、不当なジェンダーバイアスが形成されたのです。それは非常に恐ろしいことです。既に別の記事(注1)にも書きましたが、2013年3月に公開された「男女共同参画の視点からの防災・復興の取組指針(案)」が、まさにその通りでした。羞恥に対する配慮は女性に限定され、男性への配慮は皆無だったのです。その「指針(案)」は、内閣府の男女共同参画局が作成したものです。つまりそれは、私のような感受性の男性にとってみれば、国家による人権侵犯だったのです。しかし、良識ある人たちのご協力もあって、指針(案)は、意見募集の過程を経て奇跡のように修正されました。しかし、その「解説・事例集」の「避難所チェックシート」の如きは、男性の羞恥への配慮不存在のままに確定し(注2)、それに呼応するかのような避難所の設定が、3年後の熊本地震でも行われたのでした(注3)
    (注1〜3)記事「裏切りの男女共同参画」
    (注2)加えて、記事「全国の男女共同参画へ」

 羞恥への配慮は、人間の尊厳に関わる配慮です。それは、欠いてはならない人権の一つです。配慮がなければ、それはハラスメントです。男性だから配慮しないというのは、不当な性的偏見に基づく人権侵犯です。男性の中にも、羞恥心の強い人がいます。男性に対する配慮は、この視点から顧みられなければならないはずです。男性に対する不当な性的偏見、ジェンダ−ハラスメントは、絶対にあってはならないのです。


posted by 翠流 at 21:54| Comment(2) | 男性の羞恥心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月22日

男性の羞恥心 (2)

 同じ男性であっても、羞恥心の質は人によって違う、ということを、今回は書こうと思う。私は、学生時代、東京の中央線沿線の閑静な住宅街で下宿生活をしていた。その家には大学生の息子(A君)がいて、彼と私ともう一人、私と同じ大学に通うB君が、二階で生活をしていた。私たちは、よく、A君の部屋で雑談に興じたが、あるとき彼が、骨折で入院手術を受けたときの経験を話してくれた。それが、中学時代であったか高校時代であったか、私の記憶は定かでないが、いずれにしても、特に羞恥心の強い年代の経験である。もっとも、彼は話しをしてくれたのであるから、話せない人に比べれば羞恥心は弱いという見方もできなくはないが、彼は入院中、強い羞恥を伴う処置を二つ受けた。A君は、その経験についてこう言った。「一つの処置は院長(男性)だったからまだよかったが、もう一つの処置は看護師さん(女性)だったので、死ぬ思いだった」と。

 たいへん気の毒な話しである。ただ、この話しを聞いて、私は、A君の羞恥に対する感受性に、私と違う部分があることを感じた。彼に聞いて確認したわけではないが、察するにA君は、少なくとも羞恥の強い処置を受ける時の施術者は、勿論それが男性あっても嫌なのではあるが、女性であるよりは男性の方がよいのである。しかし、デリケ−トな話であるからよく聞いていただきたいのであるが、私は、医師は男性がよいが、男性看護師に対しては、はなはだ失礼な発言で申し訳ないが、強い生理的嫌悪感があり、拒否の感情が強いのである。血圧の測定や腕への注射くらいならまだよいが、「清拭(からだをふく)をします」などと言って、男性看護師が私の病室に入ってくれば、私には非常に強いストレスがかかり、心の状態は間違いなく悪くなる。病状にも影響が出るかもしれない。ところで、医療関係者は、こういう、私のような感受性の男性の存在を認識しているのだろうか? いや、認識している人はいる。実は以前、私が、全身のレーザー脱毛を求めて、ある大手美容系クリニックに行った時、私の初診を担当してくださった男性医師は、こういう私の気持ちを非常によく理解してくださった。少なくとも、男性看護師に対する感受性については、彼と私は同じだったのである。

 では、女性看護師に対してはどうか、というと、これもまたデリケ−トな話しなのであるが、まず一般の女性と女性看護師は、たぶん皆さんもそうであろうが、「質」の違う存在なのである。一般の女性は、要するに一般の女性なのであって、その人たちは、唯々、私にとっては羞恥の対象としての存在であって、それ以外ではあり得ない。だからたとえば、ある女性が私の病室に見舞いに来てくださった時は、その人が部屋に入れば緊張するし、自分の身繕いを気にして動揺もするし、もしもそのとき看護師が医療処置で部屋に来れば、仮にそれが血圧や体温の測定や採血であっても、気を利かせて、部屋から出て行ってほしいのである。医療処置の時に、医療従事者以外は、そこにいてはならないのである。病室での採血と職場集団検診での採血は違う。

 では、女性看護師に対する羞恥はどうなのかと、そういう問題になるが、一般の女性が、唯々、羞恥の対象でしかないのに対して、女性看護師には一般の女性とは異質な面がある。それはまず、彼女の「医療者」としての支配力は当然あるが、それだけではなく、彼女は女性であるが故に、そこには、属性としての「母性」が存在する。だから、そうであるが故に、女性看護師への拒否の感情は、彼女の医療者としての位置とその母性によって、陵駕、駆逐されていくのである。だから、要するに、男性看護師に対する生理的感覚等を含め、このような複数の感覚のバランスの在り方によって、患者の、医療者に対する感覚の在り方が決まる。医師の場合は、看護師とはまた別の要素が関係する。
 なお、関連して、以前の記事「男性更衣室」で取り上げた女性清掃員は、唯々「一般の女性」でしかあり得ないのであって、羞恥の存在そのものなのである。「男性更衣室に女性清掃員が入るのが嫌なのなら、看護師だって女性より男性の方がよいのでしょう」と言う人がいるようであるが、現実はそれほど単純ではない。

 介護の問題も同様である。もう10年以上前のことになると記憶するが、ある新聞に、「同性介護」を主張する介護士希望の女性実習生の文章が載っていて、私は、彼女の、単純に決めつける論理に、非常に強いストレスを感じたことがある。彼女の主張は、とにかく「同性介護の絶対化」で、要するに、私のような男性の存在に、全く気づいていないのである。或いは女性の場合は、「同性介護」を求める感情に一般性が高いのかもしれないが、男性の場合は必ずしもそうではない。粗雑な画一化論理の、暴力性に気づいてほしい。あのときの、あの女性実習生の文章は、今思い出しても、悪心を覚えるのである。

 要するに問題は、医療や看護や介護を受ける人たちの感受性を、医師や看護師や介護士が、どのように捉えるか、という問題なのである。性別の違いを軽率に使った、感受性の二項対立的単純化が、不当な性的偏見を生み、処置や介護を受ける人たちに強いストレスを与えることがある、ということを、医療従事者は認識すべきなのである。先入観を捨てることが大切だと思う。処置を受ける人たちの感受性に先入観を捨てて向き合い、その人の真の姿を捉えなければならないと思う。


posted by 翠流 at 22:34| Comment(3) | 男性の羞恥心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月04日

男性の羞恥心 (3)

 やはり学生時代のことであるが、私は、記事「男性の羞恥心(2)」の下宿に入る前に、都心からもう少し離れた、中央線沿線の住宅街に下宿していた。その家は、やはり大学の紹介で、家主もその妻も親切で、家族的に接してくれる人だったのであるが、初めてその家を訪ねたとき、私には一つの違和感があった。下宿部屋は二階に三つあり、すべて男子大学生。二階に通じる外階段の鍵は各個人に渡されていたが、各部屋の入口は鍵がかからない造りになっていたのである。私は、ためらいを覚えたが、「まさか他人の部屋に無断で入る者はいないだろう」と自分に言い聞かせ、契約をしたのであった。「いい時代」だったのである。

 私の部屋は、東側と南側に窓のある日当たりのよい部屋で、南側は狭い庭を隔てて道路に面していた。通勤・通学の歩行者がよく利用する道路で、車の往来は少なかったが、窓のところに洗濯物を干すと、道路からは丸見えだったので、私は、下着やパジャマは、いつも室内に干していた。ところがある日、私の部屋に無断で入り、私の洗濯物をいじった人間がいたのである。その日は確か休日であったと思う。私はパジャマを洗濯して部屋に干し、外出したのであるが、帰宅して部屋の入口を開けたとき、畳の上に、たたんだパジャマがあったのである。私は初め何が起こったのかわからなかった。そんなことがあるはずはなかったのである。

 部屋に入ったのは家主の妻であった。彼女にそのような行動をとらせた彼女自身の感情は、たぶん単一ではないと私は思う。しかし、彼女が、一般的に言えば「いい人」であったと単純に捉えて、それを、親切なおばさんの好意であると、評価する人はいるのだろう。しかし私は、申し訳ないが、それで済む人間ではなかった。私はその時から、ちょうど「むち打ち症」を患った時のように、後頭部から首の後にかけて、しつこく付きまとう重圧を感じるようになってしまった。彼女は、私の表情から私の感情に気付いて、「ごめんなさい」などと言ったが、状況は既に「覆水盆に返らず」で、私は、すぐに大学の学生課に赴いて新しい下宿を探し、軽トラックを手配した。そして移ったのが、記事「男性の羞恥心(2)」の下宿だったのである。

 似たようなことが別の場所でもあった。私は、長い間、趣味で現代舞踊を習ってきたが、ある日、レッスンの後、掃除のときに、フロアーや廊下を拭いた後で、やや年齢の高い一人の女性が、特に断りもなく男性更衣室の戸を開けて中の床を拭き始めたのであった。それは、私にとってみれば全くの想定外の出来事であったが、彼女に断りを言えるわけではなく、私は黙したまま、彼女に自分の下着を見られるのではないかと、強い不安を感じたのである。私は脱いだ衣服を丁寧にたたんで重ね、更衣室壁面の棚に置いたのであるが、もしかすると、下着の端が見えているかもしれないと思ったのである。掃除が終わってから、私は、不安なままに男性更衣室の戸を開け、左側の棚を見た。よかった・・・。下着は完全に内側に隠れていた。

 以前、災害対応の記事に書いたことがあるが、私は、20数年前に今の住宅街に転居してきた。そして、その時から今日に至るまでの間、私は、洗濯をして、スラックスの下に着けていた下着を、人に見える場所に干したことは唯の一度もない。すべて部屋干しなのである。この記事にはパジャマのことを書いたが、私は今、就寝時には、舞踊レッスン用のハーフパンツをはき、上にはTシャツを着ている。既成のパジャマは着ない。


posted by 翠流 at 22:48| Comment(0) | 男性の羞恥心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月14日

「男らしさ」の呪縛 ・ 男の子の羞恥心

渡辺恒夫(注1)を真似るわけではないが、
「男は作られる」と私も思う。
幼い頃から、「男らしさの規範」を押し付けられながら・・・・・。
     (注1)「脱男性の時代」の著者。記事「ある本について」参照。

今の時代、特に若い女性たちは、
かつて押し付けられていた「女らしさの規範」から解放されて自由となり、
自分らしく、しかも、巷に溢れる女性優遇の中で、
幸福感を高めながら、生きられるようになった。

それにひきかえ男たちは、
時代に幾許かの変化はあるが、
今も、「男らしさの規範」に強く縛られながら、
不器用に、脆弱な基盤の上で、生きているように見える。

もしかすると男たちには、
「男であること」への臆病な従順さがあって、
押し付けられた「男らしさの規範」から、逃れられないのかもしれない。
そして女たちは、
そういう男たちの足元を見ている。

尤も、与えられた「男らしさの規範」が、
その男性の本質と乖離していなければ、
自己同一性が担保され、是となるのだろう。
しかし、そこに乖離があれば、
個性を無視した「男らしさ」の強要は、
自分らしく生きる権利を、
剥奪するハラスメントとなるのである。
そしてその「男らしさ」の強要は、
既に、男の子の、幼少期から存在する。

たとえばある日、保育園から帰った4歳の男の子が言った。
「赤は女の色だよ・・・・・」
母親は笑みをもって、その男の子の言葉を受容する。
しかし、その、保育士によって男の子に与えられた規範は、
たとえば私のような美意識の男性にとってみれば、
「美を求める自由の剥奪」という、暴力なのである。

羞恥心も同じことだろう。
「羞恥は男らしさに反する」
「男は羞恥心など持つべきではない」
「男性には、羞恥への配慮は不要である」
そういう、個性を無視した性別観、性別役割が、
既に、幼い時代から、
様々の場面で、強要される

例えば、女性向けと称されるサイト、「発言小町」に、
ある母親の、次のような投稿文がある。


【発言小町】・・・・・ ホーム>大手小町>発言小町 >妊娠・出産・育児
    ・・・・・ http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2013/0518/593259.htm?g=05

◆ 5歳の男の子。着替えを恥ずかしがります。
                        ミルフィーユ 2013年5月18日 1:36
5歳の年長の息子がいます。習っているスイミングは、着替えの際ロッカーが大変混むので、スクールが小部屋を設けていて、幼稚園ぐらいまでの子はそこで男女関係なくパッパと着替えてしまいます。
女の子でも堂々と着替えていて、ましてや、男の子なんかはパンツも履かない状態でもへっちゃらです。
なのに、息子はタオルで体を隠そうとしたり、モゾモゾ着替えようとします。そんな状態の息子を見ていると、イライラしてきて「男の子なんだから、恥ずかしがらない!恥ずかしがってる方が逆に恥ずかしいよ!」と言ってしまいます・・・。
まだ5歳で、むしろ周りの子よりも幼い息子なのに、そんなところ?だけ恥ずかしがるようになり、もっと男らしく?堂々としてほしいなとイライラします。
同じように、幼いころから恥ずかしがるお子様をお持ちの方いますか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この投稿文からすれば、まさに、この母親は、
男の子の個性を顧みない、人権侵犯の女。
男の子が恥ずかしがって、なぜ悪いのか?
私がこの母親の子どもなら、彼女の態度は、
私の心の底に、彼女への怨恨として蓄積するだろう。
私は、そういう、苛立ちと鬱屈した感情を抱きながら、
この母親の文章を読んだ。
ところが、
時代の変化なのだろうか、
彼女の質問に続く、彼女への回答15通は、そのどれもが、
この男の子の感受性を、擁護するスタンスだったのである。
私は、その回答に、救われる思いであった。

15通の回答を、以下に記す。

◆ 恥ずかしいと思う心は優先してあげた方がいいような
                          くろ  2013年5月18日 11:17
恥ずかしがってもぞもぞモタモタやってたら余計悪目立ちするから、
堂々とパパッとやっちゃった方が絶対良い!
分かります。その通りです。
でも、男だろうが女だろうが恥ずかしいものは恥ずかしいので、
その感覚を無理に抑えつけさせるのもあんまり良くないような。
ゴムの入ったてるてるボーズタオルでも持たせて上げたらどうでしょうねえ。
最近は、男子でも、てるてるボーズ使ってる子が結構多くないですか?
明らかに男の子向けのてるてるタオル、たくさん売ってますし。

◆ こんにちは。携帯からの書き込み
                      はる&はうる  2013年5月18日 12:16
現在小学生3年生と2年生のふたり息子の母です。
我が子も恥ずかしがり屋ですよ。
園のプールでは基本全裸でしばらく入りたがらなかったですが、仕方なく入って遊ぶ感じになりました。
園では構わないのですが、家で家族意外の人前ではパンツ姿も見せたくない様で、陰に隠れてこそこそと着替えます。
男の子なんだから、もっと堂々として欲しいと思いますが、恥ずかしという感情を覚えたのは成長だと考える様にしています。

◆ 恥ずかしがるのは成長の証
                          spoon  2013年5月18日 12:34
私にもトピ主さんと同い年の息子がいますが、やはり5歳位から家族以外がいる所で着替えるのを嫌がるようになりました。
以前は誰の前で着替えても全然平気だったし、一つ年上の従兄弟と一緒にトイレに行ったりもしていたのに、今では彼の前で替えるのが恥ずかしいみたいです。
まだまだ子供と思っていたけど、男女の性別や、人前で裸を見せる事が恥ずかしいと分かるような年齢になってきたんだな〜と息子の成長を感じました。
とは言っても、家では素っ裸で走り回ってふざけていたりするので、公私の区別も付くようになったんだな〜とも思っています。
恥ずかしがるのは成長の証ですから、叱らないで暖かく見守ってあげましょう。
うちの子は普段はやんちゃ坊主なので、恥ずかしがっている姿はむしろ可愛く思えて愛しいです。

◆ 長男がそうです
                       ヨクアール  2013年5月18日 13:00
長男がやはり3歳くらいから既に「恥ずかしい」と思うタイプでした。もちろん家ではフリチンダンスするし、そろそろお風呂はいってというとまだお湯も張っていないうちから素っ裸です。
その格好のまま本も読んでます。でも人に見られるのは恥ずかしいそうです。
次男と比べると神経質なところは他にもあり、食べかけの物を食べるのを嫌がったりもします。
部屋も定期的に片付けたりするし、忘れ物もあまりしません。事前準備が好きな方です。周りの状況が良く理解できて、優しい、デリケートなタイプです。
そういえばお遊戯もずっとキライでしたね。ピラピラした衣装を着て人前で踊るのはずっと嫌がってました。彼の中で何か線引きがあるのでしょうね。
男らしさとは何の関係もないと私は思うので気にしなくて良いのではないでしょうかね。ちなみにうちは女児もいますが、こちらが逆に心配になるほど無頓着で、全く平気で人前で全身着替えるのでうちはこっちの方が困りました。

◆ 息子さんの気持ち分かります携帯からの書き込み
                          ネコ  2013年5月18日 13:58
私も5歳位から、親以外に裸を見られるのが嫌になりました。息子さんが嫌がるのは、まわりに比べて精神年齢が高いからじゃないですか?逆に主さんの旦那さんが、女性の前で平気でパンツを脱いで着替えていたら、気持ち悪いですよね。子どもだから恥ずかしくないっていう固定観念は捨てた方がいいですよ。

◆ 人それぞれ
                        めりっさ  2013年5月18日 18:18
5才児でも、恥ずかしいと思う感覚があっても何の不思議はないと思いますよ。
だって、そう言う感覚って、人それぞれ違うでしょ。
皆の前で着替えるのが嫌なら、行きだけでも着替えた状態で行けば良いのでは?
下に水着着て、上からズボンはいて、着いたら脱ぐだけみたいに。
うちの長男はいつもそうしていましたよ。
そうすれば、皆の前で裸になる回数が一回で済みますよ。
あまり言いすぎてしまうと、プール嫌いになってしまいますよ。

◆ 普通にいますよ。
                           え?  2013年5月19日 0:19
うちの子は普通に着替えます。ただ、小学校1年生になった長男は恥ずかしがるようになりましたので、巻きタオルを使う着替え方をそろそろ教えようかと思っています。それだけ成長したんだなあ…と母は若干複雑。
はやければ5歳くらいの子は恥ずかしがりますよ。なぜにイライラする?

◆ 精神年齢が他の子より高いんだと思う
                          ある  2013年5月19日 9:53
うちは長男がそのタイプでした。
小さな頃からすごく「大人な」子でした。
次男は、精神年齢がいつまで経っても幼い子で、高校生になった今でも、たまに素っ裸で家の中をウロウロして叱られてます。
>恥ずかしがってる方が逆に恥ずかしいよ!
これって、成長しつつある息子さんの自我を、思いっきり否定していることになりませんか?
相当、傷ついていると思いますよ。

◆ 繊細な子もいます
                         プリン  2013年5月19日 11:31
いとこが、そんな感じで風呂上がりに、親戚などがいたら恥ずかしがって泣いていました。チビなのに大丈夫かと心配していましたが、案の定、思春期までは、とても無口で、傷つきやすい子になりました。
親が離婚したときに、不登校になり、しばらくしたら、北海道の学校に行くといいだし、寮生活をはじめ、その後は、世界中を放浪する男になりました。
嫌がるという事を否定したら、心が曲がってしまうので、そこは配慮してあげたほうがいいと思います。

◆ 恥ずかしいは本能
                        カエル君  2013年5月20日 13:08
恥ずかしいと感じる根本は「無防備」危険な状態を人間は恥ずかしいと感じる。
ちなみにここでいう「恥ずかしい」は恥を知るとは違い野生時代の名残り本能としての話です。
寝ているとき、排泄する時、物を食べているとき、これが現代に残るの三大「はずかしい」。
(でも若い女性でも乗り物で大口開けて寝ているのを観る、必ずしも法則としての話ではない。)
底から考えるとトピ主さんのお子さんは着替えと無防備が結びついてしまったのでしょう。
あまりイライラせず結びつきを解く気持ちで接してあげましょう。

◆ 普通だと思います
                     子羊ひつじ大羊  2013年5月20日 22:17
うちの息子も5歳くらいから恥ずかしがるようになりました。
まだこんなにチビなのに恥ずかしいという感情を持つようになったんだなぁ、成長したなぁと思っていました。
私や夫に対しては全然気にならないようでお風呂前など素っ裸で家の中をうろつきますが、あんなにオムツを替えてもらっていた大好きなお婆ちゃんには、裸を見られまいと「キャ〜」と言って逃げていきます。
プールでは、どなたかが書かれていましたが、片側にゴムが入っているてるてるボーズタイプのタオルを使っています。
これだと気になる部分は隠れますし、これから一人で着替えるようになった時、特に最初は着替えやすくて本人が楽だと思います。
恥ずかしいと思う気持ちが芽生えてきたのは、息子さんのせいではありませんし、極自然な感情だと思いますので、「恥ずかしいのね。そっかそっか」とさらっと受け止めてあげたほうが良いかと思います。
恥ずかしいという感情を持たないでスッポンポンでいるのが男らしいとは全く思いません。

◆ 精神年齢が高いのでは?
                        ありゃま  2013年5月21日 16:04
恥ずかしがるということは、年齢の割に、精神年齢が高いのではないかと思います。成長の証ではないでしょうか。

◆ 野生からの脱出だ!
                         ICHICO  2013年5月21日 16:50
そう我が家では盛り上がりました場面ですね(笑)。
うちの娘は3歳くらいから「ハズカシイ」が出てきましたねぇ。
ジジババのオウチでお風呂に入る時、いつもだったら居間で洋服をポイポイ脱いでいた(脱がせていた)のが「や〜よぉ〜」と言って脱衣所に行こうとせがんでましたっけね。
「恥ずかしいの?」と聞きましたこっくり「ウン」と頷いていましたっけ。
今まではスッポンポンで走り回ってキャーキャーいってたのにねぇ。
近年では甥っ子がハズカシデビューしてましたね。
彼は年長さんでそれが出てきたっけ。
パパと一緒に「お?野生からの脱出か?」とニヤニヤしてみていましたっけ。
「知」がついてきた証拠です。

◆ 二度目です携帯からの書き込み
                          ネコ  2013年5月23日 14:28
主さんの思考だと、皆の前で裸で堂々と着替えるのが男らしいのですか?それなら、大人でも男女別の更衣室は不要ですね。ちなみに、主さん自身も、見知らぬ男性の前で羞恥心なしに平気で着替えられるのですか?見知らぬ成人男性が、主さんの前で裸になっても、「男らしいわ」で終わるのでしょうか?それなら、息子さんの気持ちは永遠に分からないし、一般的に相当ズレていると思います。考えを改めた方がいいですよ。

◆ 逆に携帯からの書き込み
                          ガーゼ  2013年5月24日 7:48
私が学童で働いている時、1年生の男の子がロッカーの前で着替え出した時はびっくりしました。指導員みんなであの子は幼いね、なんて話したり…
他の男の子は上を着替えるだけでも女子や指導員の前では嫌がりましたよ。
だから普通の成長です。
大丈夫です。


posted by 翠流 at 23:47| Comment(3) | 男性の羞恥心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月24日

削除された水行男性裸体写真

後述する YAHOO!ニュース の記事に、
男性の裸体写真(褌のみ)が掲載されていたので、
掲載元の北日本新聞社に苦情を入れたところ、
珍しく、短時間で要望が受け入れられ、
写真が記事と共に削除されたので報告する。

【該当記事】 「1年の感謝・反省込め水行 魚津・真成寺」・・・ 12/18(火)に削除された
            12/17(月) 13:34配信 北陸新幹線で行こう! 北陸・信越観光ナビ
         https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181217-00000012-hokuriku-l16
    ◆ 記事中に、水行を行っている男性の裸体写真(褌のみ)が掲載されていた。
      男性の人数は、4〜5名であったと記憶する。

【苦情内容】
 社会には、男性の羞恥心を軽んじる風潮があり、例えば、着替えに際して男性更衣室が用意されない等、羞恥心の強い男性が、理不尽なストレスに晒されることが多い。掲載された写真は、このような風潮を増幅させるもので、不適切である。掲載はやめてもらいたい。たとえ撮影された男性の了解を取ってあっても、上記の社会的影響から、このような写真は掲載すべきではない。

【経過】
 12/17(月) の夕刻6時頃、私はこの写真の記事を見て、初め、信濃毎日新聞社ネット事業部に電話を入れた。苦情は伝えたが、担当者不在とのことで、明日、担当者から私に電話を入れるとのことであった。
 翌18日(火)、午前10時頃、着信を待たずに信濃毎日に電話を入れたが、受けたAさんから、記事は北日本新聞社が作成したと聞かされ、読者センターを紹介された。しかしセンターの職員では話にならず、Aさんにその旨を電話。北日本新聞社の編集管理部を紹介され、電話を入れた。このとき電話に出たBさん(女性)は、人の思いを受け止める能力の高い人で、私はたいへん話しをしやすかった。電話が長時間に渡ったわけではないが、それでも私は、このブログ記事の「男性更衣室(1)」、「災害対応」等を経て、「男性更衣室(7)」までの要旨を、概ね伝えることができた。運が良かったのかもしれない。その日の午後1時頃、ウエブ編集部責任者のCさんから電話が入り、記事削除の連絡を受けた。削除したのは、YAHOO!を含む3か所に配信されたニュース、とのことであった。
 尚、このニュースは、寺の発案・依頼を受けて作成された、とのことであった。
                                       (以上)


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2019年03月28日

いじめを半年以上放置  広島・呉の中3(男子) 下着脱がされ精神疾患 ・・・・・ まさか、被害者が男の子だから放置 ? ・・・・・

◆ 一昨日の YAHOO! ニュースに、次のような記事があった。

【記事ー@】 いじめを半年以上放置 広島・呉の中3 下着脱がされ精神疾患
              3/26(火) 5:00配信 毎日新聞
     https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190326-00000001-mai-soci

  人前で下着を脱がされるという、戦慄と屈辱と羞恥。
  しかも被害者は、思春期の・・・・・。
  教員は、まさか「被害者が男の子だから放置」したのではないでしょうね?
  もしもそうであったのならば、
  当該の教員には、その罪の責任を取らせなければならない。
  え・・・・・? 責任の取らせ方 ?
  それはまず、その教員に、
  被害者の少年と同じ苦しみを、いや、それ以上の苦しみを、
  味合わせることだよ。
  人前で下着を脱がされることの、戦慄と屈辱と羞恥。その苦しみを味わってみろ。
  そしておまえは懲戒免職。
  男の子であるがゆえに手を差し伸べられなかった中学生の、生涯残る傷を思え。
  そして果てしなく懺悔せよ。
  おまえの、残忍なジェンダーハラスメントを、
  許すわけにはいかない。

  この記事の本文は、後半に掲載するが、
  私は、このニュースを見て、次の事件を思い出した。

【記事ーA】 新潟県神林村男子中学生自殺事件(Wikipedia)
              2006年11月14日    
     https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E6%BD%9F%E7%9C%8C%E7%A5%9E%E6%9E%97%E6%9D%91%E7%94%B7%E5%AD%90%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E7%94%9F%E8%87%AA%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

  この事件については、
  Wikipediaの本文を、@の本文に続けて掲載する。
  なお、同質と推測される以下のような記事も、ネットで配信されている。
  これらについても、同様に、続けて本文を掲載する。

【記事ーB】 自殺で息子を失った両親、校長研修で講演「子どもの声に耳を」/川崎
              2013年01月30日 15:54 神奈川新聞
     https://www.kanaloco.jp/article/entry-111739.html

【記事―C】 水かけられズボン脱がされても「いじめ」否定
       中3自殺、第三者委の判断に批判殺到
              2018/03/29 15:30 ニュースサイト しらべぇ
     https://news.nicovideo.jp/watch/nw3393938

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◆ 該当記事本文◆

【記事ー@】 いじめを半年以上放置 広島・呉の中3 下着脱がされ精神疾患
                  3/26(火) 5:00配信 毎日新聞
                      (表:男子生徒へのいじめを巡る経過:略)
 広島県呉市の市立中学3年の男子生徒(15)が下着を脱がされるなどのいじめで不登校になり、精神疾患を発症したと訴えたのに、学校が半年以上「重大事態」として扱わず第三者委員会の設置などの対応をしなかったことが分かった。国の指針では被害者が申し立てた場合、学校は重大事態を前提に報告・調査するよう規定。下着を脱がされる行為も重大事態として例示している。専門家は「対応が遅すぎる」と指摘している。
 男子生徒、保護者の祖父らや県教委によると、男子生徒は1年生の時から同級生にシャツやズボンを破られるなどのいじめを受けていた。2年生だった2017年11月下旬、3回にわたり、昼休みに教室で同級生4〜6人に床に倒され、手足を押さえられてズボンと下着を脱がされた。昨年4月下旬から一時不登校になり、同6月には不安障害と睡眠障害の診断を受け、現在も治療を受けている。
 祖父らは「重大ないじめ被害」として17年11月のいじめの直後から、学校に調査を求めた。学校は同級生への聞き取り結果を男子生徒側に報告せず、「グループ内の罰ゲーム」などの説明を続けた。しかし、昨年11月に市教委から重大事態として再検討すると連絡があり、今年2月には「重大事態に認定し、第三者委を設置したい」と伝達。これまで認定しなかった理由について校長らは「調査が被害生徒の負担になることなどを考慮した」と釈明したという。
 重大事態は、いじめ防止対策推進法に基づいて規定。国の指針では「いじめで子供の生命・心身・財産に重大な被害が生じ、または欠席を余儀なくされた疑いがある場合」と定義し、市教委への報告や調査を求めている。過去の事例として「多くの生徒の前でズボンと下着を脱がされ裸にされた」というケースも紹介。子供や保護者から申し立てがあれば、学校側の判断にかかわらず重大事態として対応するよう明記している。
 市教委は毎日新聞の取材に対し、「個人情報保護と教育的配慮の観点から答えられない」としている。【小山美砂】

◇「遊び」と学校説明

 「学校から(下着を脱がすのは)遊びと説明された。いじめを軽く見ていると思った」。男子生徒は涙を見せ、学校への不信感と今も続く苦しみを語った。服を破られるなど1年生の時から始まったいじめは、次第にエスカレート。2年生になって教室で無理やり下着を脱がされた。「眠れなくなり、同級生や先生の顔を見るのはつらかった」
 下着を脱がす行為は国の指針でも挙げられた深刻ないじめ。しかし、学校は男子生徒の訴えを否定した。祖父らに「シャツを破ったのはじゃれていただけ。下着を脱がしたのは当時のブームで、グループ内の罰ゲーム」などと説明したという。
 学校が子供のSOSを放置し、最悪の事態を招くケースが全国で相次ぐ。家族は情報を十分知らされず深く傷つく。2011年に大津市立中学校で起きたいじめ自殺の調査にも関わった渡部吉泰弁護士(兵庫県弁護士会)は「学校は真摯(しんし)に調査し、当事者に説明を果たす義務がある」と指摘する。
 男子生徒は今月の卒業式まで学校を休みがちだったが、今は高校で部活動に打ち込む目標が心の支えだ。「きちんと調査し、いじめがあったという事実を分かってほしい」と声を振り絞った。【小山美砂】

◇「いじめに軽重ない」

 教育評論家の尾木直樹・法政大特任教授の話 不登校と精神疾患が出た時点で重大事態と認定し、早急に対応すべき事案だ。自殺など命に関わるいじめだけが「重い」のではない。服を脱がせるなど性的な嫌がらせは本人の尊厳を深く傷つける。学校や教育委員会はいじめに軽重はないという認識をもち、被害者のために動くべきだ。

【記事ーA】 新潟県神林村男子中学生自殺事件 (Wikipediaより引用)

 新潟県神林(かみはやし)村 男子中学生自殺事件は、新潟県岩船郡神林村(現・村上市)の村立平林中学校において、ズボンを脱がされた男子生徒がその後自殺した事件。
 だが、当時の文部科学省のいじめの定義である「自分より弱い者に対し、一方的に身体的あるいは心理的攻撃を継続的に加え、相手が深刻な苦痛を感じているもの」という定義においてはいじめだと認定するのが困難な事件であり、様々な問題点が浮上した事件であった。

◇ 自殺まで[編集]

 同校では、ふざけてズボンを下げる遊びが流行っていた。2006年11月14日には、同級生にズボンと下着を女子生徒がいる目の前で脱がされるといういじめの被害を受けていた少年がいた。男子生徒はズボンを下ろされた際、泣きながら同級生に「消えろ」と呟いていた。
 担任教諭が沈んでいる理由を尋ねても、「魚が釣れないから」などとはぐらかし、「大丈夫」と答えた。同級生は放課後、「僕がやりました」と名乗り出て謝った。
 一緒に下校した友人3人には別れ際「死にたい」と漏らす。午後9時半ごろ、夕食後行方不明となっていた同校に通う中学2年生の男子生徒が自殺しているのが発見された。遺書はなかった。

◇ 自殺後[編集]

 学校側は15日午前に男子生徒の自宅を訪れたが、ズボンを下ろされたことについては遺族に説明を行わなかった。校長は15日未明に記者会見し、そういった事情があった事を明かす。ただ、同時に「ズボンを下ろされたことを断定的にいじめと結論付けるのは控えたい」とも話す。同校教頭は会見の中で「自殺した生徒は何度もいじめの被害を受けていた」ことは明らかにした。
 上越市頸城区では11月16日、市立中学校教頭を中心に「緊急いじめ防止危機管理研修会」(県教委、同市教委主催)が開かれた。そこでは教頭に感想や対応策を質問したが、会場は無言のままであった。現実の問題を前にしては、いじめ防止プログラムでは対処が困難である現状を表した。16日には泉田裕彦知事も定例記者会見で、いじめについて「何をやってるんだ」という感想を述べた。村長加藤全一もこの事件の責任をとり、2ヵ月分の給与約20%を返納した。

◇ 調査委員会[編集]

 12月28日に自殺の原因などを調べる有識者の調査委員会は初会合を開いた。会長は閉会後、「現段階では、いじめによる自殺という判断はできないと感じた」と語る。報道陣に「生徒への集中的な嫌がらせなどがあったという資料は出ていない」と話す。
 そして、2007年3月22日に 調査委員会は「いじめ自殺には当たらない」とする報告書を公表した。調査委員会は、同校では生徒間のズボン下ろしが流行していた点などからいじめを否定した[1]。
 ズボンを脱がした点については、日常的なからかいだったとし、それを深刻に受け止めた事が原因で「衝動的」に自殺に至ったとした。

◇ 補足[編集]
 2006年11月19日には神林村立小学校に通っていた当時小学6年の男児児童とその両親が学校側からの不十分な事故調査で児童が担任の女性教師や同級生からいじめられ転校を余儀なくされたとして同村に330万円の賠償を求める裁判を新潟地裁新発田支部に起こした。

◇ 出典[編集]
 1.^“からかいで追い込まれた 新潟の中2自殺で調査委”. 共同通信. (2007年3月20日). オリジナルの2013年6月5日時点によるアーカイブ。


【記事ーB】 自殺で息子を失った両親、校長研修で講演「子どもの声に耳を」/川崎
              2013年01月30日 15:54 神奈川新聞

 2010年6月、川崎市立中学3年だった篠原真矢(まさや)さん=当時(14)=を自殺で失った父宏明さん(48)と母真紀さん(46)=ともに同市麻生区= が29日、同市中原区の市教育会館で開かれた校長研修の場で講演した。「先生の言葉一つで子どもの生死が分かれることを知ってほしい」。遺族が持つ切実な思いを、市立学校校長166人の前で語った。
 「息子の真矢は約2年半前の6月7日、『友だちをいじめから守れなかった』と遺書を残し、自宅のトイレで自ら命を絶ちました」
 黒いスーツとネクタイ姿で壇上に上がった宏明さんは、わが子が亡くなった経緯をゆっくりと話し始めた。
 真矢さん自身も2年生の時、殴られたり下着を脱がされたりする被害に遭っていた。宏明さんは「自殺後にそれをいじめと認識する先生は皆無だった」と、いじめへの感度が極めて低かった当時の学校の状況を率直に打ち明けた。
 担任教諭や自分たち両親が真矢さんのSOSに気づけなかったことで、死に至ってしまったと振り返った宏明さん。「いじめは私たち大人の問題。子どもの声に真剣に耳を傾け、命の危険にさらされている危機感を持つことが求められている」と訴えた。
 さらに「被害者責任論」について言及。「『いじめられている方にも落ち度がある』『自殺する子は弱い』という人がいるが、いじめは加害者への指導が重要。絶望のふちで悩んでいる子の存在を決して忘れず、互いの違いを認め合うことの大切さを教えていってほしい」と呼び掛けた。
 市立向丘小の江間薫校長(58)は「子どもたちのSOSにいち早く気づけるよう、篠原さんのお話をしっかりと教員たちに伝えたい」と話した。
 篠原さん夫妻は講演終了後、「大きくうなずいてくれるなど、校長先生たちがとても真剣に聞いてくれた。感銘を受けました」と語った。
 この日は別室などで、市教育委員会の職員ら55人も講演を視聴した。

【記事―C】 水かけられズボン脱がされても「いじめ」否定
            中3自殺、第三者委の判断に批判殺到
                  2018/03/29 15:30 ニュースサイト しらべぇ

 今もなお、学校の大きな問題として議論されている「いじめ」。中には、苦痛に耐えきれなくなってしまい、自殺を図ってしまう人もいる。
 東京都の中学校で、男子生徒が自殺した問題で「いじめではなかった」との判断が下されたことについて、ネット上では怒りの声が相次いでいる。

■ 遊びでふざけあっていたと判断

 2014年4月、東京都葛飾区立中学3年生の男子生徒(当時14歳)が、部活動のチーム決めの際に沈黙して動かなくなったため、周囲にいた部員らがピンポン玉をぶつけたり、水をかけたり、ジャージを脱がせようとしたりといった行為におよんだ。
 その後、男子生徒は無言で学校を出て自殺してしまったという。これついて両親は、周囲の部員の行為が自殺の原因と主張し、区教委に調査を要望した。
 しかし、報道によれば区教委は「常日頃、お互いにふざけあっていた遊びの手法。社会通念上、いじめとは評価できない」とし、自殺の可能性が高いのはチーム決めだったとして、生徒たちの行為と自殺の因果関係を否定した。

■「いじめの定義」に疑問

 ピンポン玉をぶつけ、水をかけ、ジャージを脱がす行為はいじめではないと主張した区教委。では、この行為に対して男子生徒は何の苦痛も感じなかったということなのか。
 報道を受け、ツイッターや女性向け匿名掲示板『ガールズちゃんねる』ではこの判断に対して怒りの声があがっている。
   ・これを大人同士が公共の場所や会社でやったら犯罪でしょうが。どう見ても純粋な
   暴力行為。そもそも「いじめの定義」って、いったい何なのよ。
   ・中学生が人前で水かけられたり服脱がされんのがふだんの遊びの域を超えないもの
   って鼻で笑うしかねぇわ。
   ・あきれる。どんな感覚してんだ。

■「社会通念上」に怒りの声

 また、「社会通念上」という言葉に疑問の声も。
   ・社会通念上のいじめってなに・・・・・社会通念上だったらいじめは犯罪って置き換え
   れるやろ・・・・・。
   ・社会通念上ってどこの社会のこと言ってるの。自分の子どもを亡くして出てきた
   報告書がこれで、納得する人間がどの社会にいるのよ。
   ・「社会通念上のいじめにはあたらず」って……第三者委員会のメンバーはズボンを
   脱がされても平気な、よその星から来たエイリアンなんだろうな。ここは地球だ。
   地球人の一般的社会通念で判断しろ

■ 学生時代にいじめられた経験

 しらべぇ編集部が 全国20〜60代の男女1,365名に「学生時代にいじめられた経験」について調査すると、およそ4割が「経験アリ」と回答した。
 多くの人たちが経験し、そして苦しんでいる「いじめ」。亡くなった命はもう戻ってこない。だからこそ、しっかりと原因と責任を追及してほしい。
  ・合わせて読みたい → 中1男子が学校トイレで首吊り 
                  悲痛な死に「学校調査の無力」を嘆く声
                     ( 文/しらべぇ編集部・シマウマ姉さん)

  (記事中のグラフ、【年代別:学生時代、いじめられた経験がある割合】は略した。)
     【調査概要】 方法:インターネットリサーチ「Qzoo」
            調査期間:2016年4月22日〜2016年4月25日
            対象:全国20代〜60代の男女1,365名(有効回答数)


posted by 翠流 at 01:54| Comment(0) | 男性の羞恥心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする