2013年05月29日

裏切りの男女共同参画・・・・・眠られぬ夜

(2020年7月:加筆)

 2013年3月のことであるが、内閣府が公開した「男女共同参画の視点からの防災・復興の取組指針(案)」とその「解説事例集(案)」の内容が、特に、避難所でのプライバシ−への配慮や被災者の生活支援に関わる問題について、男性への配慮をあまりにも欠いていたために、私は、しばらくの間、そのショックから抜け出すことができず、「いのちの電話」の頻回通話者となっていた。何回かけてもつながらない「いのちの電話」に、くり返しくり返し電話をかけ、数時間の浅い眠りの後に、また同じことをくり返す。運良くつながるも、私は相談員の対応に満足できず、白々と夜が明けるまで電話をかけ続ける日々が続いた。この間、もしかすると、このストレスによる疲弊もまた、発病の一因となって、私は食事がとれなくなり、わずかの期間に体重が4s減った。このような痩せかたをしたのは、私には初めてのことであった。この頃はまだ、指針案の意見募集の期間であったが、私は、疲弊のままに時を過ごし、文章を綴れるようになったのは、締切が近づいてからであった。私はどうにか15枚の意見書を綴り、内閣府に送ったのであった。

 この、指針案公開までの経過をたどれば、東日本大震災発災の年、2011年の秋に、ある女性団体が、内閣府に、「災害時の女性に対する配慮をまとめよ」という要望を出した。それはそれで、彼女たちとっては切実な要求であったのだろう。しかし、女性団体は常に、女性だけのために行動し、男性を配慮から疎外する。このニュースを聞いた時、私には、払拭できない動揺とストレスが湧き上がっていた。この女性団体の行動によって、災害対応はすべて、女性への配慮に特化したままに進むのではないかと。そしてこの予測は見事に的中してしまうのである。2013年3月27日、指針案意見交換会の前夜、私のもとに送信されてきた指針案を見て、私は愕然とする。それは、僅かの部分を除けば、私が予想していた通り、女性側への配慮ばかりに彩られていたのである。翌日、意見交換会参加のために東京へ向かう電車の中で、私は指針案の理不尽を反芻する。これはまさに、男女共同参画社会基本法第三条(注1)からの乖離ではないかと。

   (注1)男女共同参画社会基本法第三条(男女の人権の尊重)
     ・男女共同参画社会の形成は、男女の個人としての尊厳が重んぜられること、
     男女が性別による差別的取扱いを受けないこと、男女が個人として能力を発揮
     する機会が確保されることその他の男女の人権が尊重されることを旨として、
     行われなければならない。

 再び遡って、2011年の秋、その女性団体が内閣府に要望を出した頃、私は、私の居住県の男女共同参画部局に、電話相談の対象を、女性だけではなく男性にも広げてほしいと、要望の電話をしていた。そのとき私の電話を受けていたのは、Aという女性であった。私は、彼女がどのような人生を歩いてきたのか、或いは見てきたのか知らない。しかし、あの時の彼女は、自分が「男女共同参画」の職員として電話を受けているという自覚が、あまりにも脆弱であったと、今も思う。当時はまだ、年間自殺者数が3万人を超えていた時代、前年(2010年)の男性の自殺率は、女性の2.5倍。全国各自治体の自殺対策部局も、当時内閣府にあった自殺対策推進室も、自殺の性差の問題について、実効性のある対策を講じることができていなかった。しかし、そういう私の指摘が、なぜか彼女の心には響かない。彼女には、男性の危機を受け止めるスタンスが欠落していた。彼女は、基本法三条(前述:注1)を背負う「男女共同参画」の職員でありながら、心の中は「女性支援センター」だったのである。

 彼女との会話は、災害対応にも及んだ。私が女性団体の女性限定配慮を話題にすると、彼女は言った。「でも、男性からは要望があがってこないんです」と。要望がなければ配慮の必要はない。声にならない声、声にしない声を拾う必要はない。それが、彼女の、男性に対するスタンスであった。翌日私は、いずれ書くことになるKスポーツクラブ男性更衣室の件で、内閣府男女共同参画局(以下、男女局)に問合せの電話をした。私は、いずれ詳述するが、同年6月、男性更衣室に女性清掃員が入る問題について、それは「男性に対する不当な性的偏見に基づく人権侵犯である」と、ひとたび認定した某地方法務局人権擁護課長の判断を、最終的には、東京の法務省の職員が潰し、「人権侵犯事実不明確」にしてしまったことに、強いショックを受けていたのである。

 この、男性更衣室の件について、私の電話を受けてくださったのは、男女局のBさんであった。Bさんとの会話は災害対応にも及んだ。前日のAの発言を話題にした私に、Bさんはそれを否定して言った。「そうではない。潜在化していても存在すると判断されるニーズは、それを、担当部局が顕在化させ、配慮の対象としなければならない」と。それから3年の後、熊本地震発災の年に、ある女性大学教授が、NHKラジオ第一放送で発言をしていた。避難所で小集団を作り、一人一人のニーズを顕在化させる必要があると。それは優れた発言であると私は思う。しかし現実問題としては、小集団でも言えないニーズが男性の中にもあるということを、私はやがて別の記事で具体的に書くことになる。そしてそのニーズは、災害対応にあたって、女性に対してだけではなく男性に対しても配慮の視点を持てば、必ず予見できるはずのことであるのだ。

 私は、この記事に「裏切りの男女共同参画」という題をつけた。しかし、男女共同参画部局に勤務する人達の中には、例えばBさんのように、男女両方の人権に配慮してくださった方はいたし、今もいるのである。それは、内閣府の場合も、地方自治体の場合も同じである。ところが、具体的な施策として全国に展開してきた男女共同参画運動は、今後、このブログにも登場する様々の事例のように、初めに女性限定配慮の結論ありきの、あたかも、自己中心的な女性優遇運動とでも呼ぶべきような様相を呈してきたのである。では、なぜそうなのか。それは、男女共同参画部局の施策が、初めに結論ありきの、上命下達の暴挙を行なう人物に握られているということなのか?

 ところで私は、この頃、男性の人権を守ろうとする人たちとの交流を求めて、ある団体に接触し、男女共同参画運動が、基本法二条二項(注2)を根拠として正当性を標榜する「積極的改善措置(ポジティブ・アクション)」(注3)に、男性差別の疑惑を抱くようになっていた。もしもそれが、例えば、社会進出を望む女性を支援する保育環境の整備のようなアクションであるならば疑義はない。ところが、男女共同参画が企図していた積極的改善措置は、例えば、採用や昇進にあたって、女性への特別な優遇配慮を求めるアクションであって、それは、既にもう行われてきたことのようでもあったのだ。例えば、この年の人事院HPの、「女性国家公務員の採用・登用の現状等」(注4)に記されていたグラフ、「T種試験事務系(行政・法律・経済)区分の申込者・合格者・採用者に占める女性の割合の推移」(昭和63年から平成22年まで)を見ると、平成13年以降、採用者に占める女性の割合は、毎年、明らかに、合格者に占める女性の割合より高くなっていたのである。私はこのグラフを見て、採用に関わる面接等、評価の恣意的操作が可能な段階で、関係各省庁が、女性優遇採用、つまりは男性差別の選考を行ってきたのではないかという疑惑を抱くようになった。

   (注2)男女共同参画社会基本法第二条(定義)
     ・この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるとこ
     ろによる。
     一 男女共同参画社会の形成 男女が、社会の対等な構成員として、自らの意
     思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もっ
     て男女が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、
     かつ、共に責任を担うべき社会を形成することをいう。
     二 積極的改善措置:前号に規定する機会に係る男女間の格差を改善するため
     必要な範囲内において、男女のいずれか一方に対し、当該機会を積極的に提供
     することをいう。

   (注3)上記第二条二項の条文は、採用、昇進等に関わる女性優遇を、逆差別では
     ないと正当化するための計画的戦略として導入されたものと思われる。近年は、
     いつの間にか、この「積極的改善措置」が「積極的差別是正措置」と言い換え
     られるようになった。女性優遇正当化の強化を企図する人物が、内閣府男女局
     の上層部にいると感じる。

   (注4)女性国家公務員の採用・登用の現状等
1 採用・登用等の現状  (1) 採用
            国家公務員採用.T種試験事務系(行政・法律・経済)区分の
              申込者・合格者・採用者に占める女性の割合の推移
http://www.jinji.go.jp/saiyoutouyou/sankoushiryou/III.pdf#search='www.jinji.go.jp%2Fsaiyoutouyou%2Fsankoushiryou%2FIII.pdf'

 この、積極的改善措置に関わって、もう一つ動揺を禁じ得ないニュースがあった。それは、2012年の春、「就職活動に失敗して自殺する若者が増えた」という警察発表のニュ−スが流れ、内閣府自殺対策推進室の統計で20代の若者を見れば、就活失敗に起因する自殺者の8〜9割が男性だったのである。この事実が、たとえポジティブ・アクションと直接の関係はなかったとしても、自殺した男性は、「男性であることの責任」を重く背負っていたのではないかと、私は、今も思うのである。そういう、男性を呪縛する性別役割を考えるとき、私には、女性優遇採用としてのポジティブ・アクションが、二重の罪、つまりは、男性への責任の強要と、女性優遇採用という男性差別の、二つの罪を背負う存在に見えたのである。たとえそのアクションを、社会進出を巡る過去の女性差別に起因するとして受容したとしても、若い男性は、過去の女性差別の加害者ではないのである。罪のない若い男性に、過去の女性差別の責任を負わせるポジティブ・アクション。それは、当時私が近づいていた団体を率いていたAさんの言葉を借りれば、「時空を越えた連座制」であって、それはやがて、怨恨に彩られた「報復の連鎖」を引き起こすアクションだと、私は今も思うのである。

 気になることはもう一つあった。それは、第三次男女共同参画基本計画(2010年12月17日決定)の第10分野。健康支援としては唯一の分野項目であるその名称は、厚生労働省母子保健課が、既に平成8年から行ってきた施策と同名の「生涯を通じた女性の健康支援」であり、男性に対しては同名の項目は存在しない。男女局は、そういうメッセージを、この題名によって、国民に発しているのである。第3分野の「男性、子どもにとっての男女共同参画」は、固定的性別役割分担意識の解消や働き方改革の項目であり、健康支援の項目ではない。
 第10分野の「基本的考え方」の冒頭には、「男女が互いの身体的性差を十分に理解し合い、人権を尊重しつつ、相手に対する思いやりを持って生きていく」という、美しい文章があり、末尾には「男女の性差に応じた健康を支援するための総合的な取組を推進する」と、これもまた、男女共同参画にふさわしい、はなはだ妥当と思われる文章があるが、10分野を読み進めれば、その支援の内実は、圧倒的に女性側に傾斜し、男性が人生で直面する命の危機、例えば明白な性差としての「男性の短命」を招来する主因と判断される悪性新生物による死亡は、当時(2009年)、年間死亡者数の1位から4位までを男性のガンが占め(肺ガン・胃ガン・大腸ガン・肝臓ガン)、死亡総数は、男性が女性より6万5千人余り多かったにもかかわらず、男女局は、その対策支援をほぼすべて厚労省に委ね、「生涯を通じた女性の健康支援」のような、厚労省に上乗せした手厚い配慮は、男性に対しては存在しなかったのである。
 関連して、第10分野の「基本的考え方」は、その中間部分で、女性の特性としての妊娠、出産に触れ、「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」(性と生殖に関する健康と権利)を高らかに謳う。それはそれで、たいへん結構な話しなのであるが、結びの表現としての「男女の性差に応じた健康を支援するための総合的な取組を推進する」という視点で、男女それぞれの人生の総体を考えたとき、厚労省のデータが数値として示す客観的な命の危機は、むしろ男性に顕著なのであって、その現実と10分野の内容には、男女共同参画社会基本法第三条に抵触する強い乖離があったと、今も認識するのである。

 翻って、再び「男女共同参画の視点からの防災・復興の取組指針(案)」(注5)に戻れば、被災してたどり着いた避難所で、女性には更衣室が与えられるのに、私は男性であるという理由によって、上半身でも躊躇するのに下半身までも、更衣室のない状態で着替えをさせられるのか。それで人間としての尊厳が守れるのか。更衣室は性犯罪防止だけのために作られるものではない。更衣室は本来それ以前に、人間としての尊厳、プライバシーを守るために作られるものだ。人間の感受性は、男性は、女性は、というような、二項対立的単純化で説明しきれるものではない。感受性はグラデ−ションを形成しながら、多様性として集団内に存在する。男性にも羞恥心の強い人はいるのである。

   (注5)「指針(案)」は、その「解説・事例集(案)」と共に、既に内閣府のHP
      から削除されたようであるが、実物は私の手元にある。今後、必要部分は、
      記事中に引用して記載する。

 それにしても私は、今も思う。憲法直下の、国民すべての人権に配慮しなければならないはずの内閣府男女共同参画局が、どうしてあのような、男性の人権を軽視した指針案を提示することができたのだろう。その実態は、「解説・事例集(案)」を見れば更に歴然とする。例えば、「避難所チェックシ−ト(p.73)」には、「女性や子育てに配慮した避難所の開設」というチェック項目があるが、男性への配慮は存在しない。また、「備品チェックシ−ト(p.72)」には、女性用下着はあるが男性用下着はない。女性には新しい下着を配るが、男性は汚れたままの下着で生活しろというのか。そして私は、後になって気づくのであるが、p.78には、2012年9月6日に修正された内閣府中央防災会議の「防災基本計画」からの引用文があり、その「第2編、第2章、第5節−2【避難場所】(2)避難場所の運営管理」には、指針案に使われたと思われる文章、つまり、女性には限りなく手厚い具体的配慮に満ちながら、男性に対してはそれを完全に欠落させた文章が記されていたのである。中央防災会議は、恐らくは、あの、2011年秋の女性団体の要望を、女性限定配慮のままに導入したのだろう。しかしそうであっても、男女局は、基本法三条の理念を踏まえるならば、男性に対する配慮を付け加えることは可能であったはずなのである。しかし男女局はそれをしなかった。意見交換会の当日、男女局の担当者は、なぜか笑みを浮かべながら、この指針案は「有識者」の意見も踏まえてつくられた、などと言った。しかしそれは、私のような感受性の男性にとっては、まさに人権侵犯そのものの指針案だったのである。私は、その、男性に対する差別性に耐えきれず、挙手をして、男性にも更衣室を作ってほしいと叫んできたのであった。

 この指針案提示から確定指針が公開されるまでの2か月の間に、私は、その理不尽を許容することができず、東京法務局に人権侵犯被害申告をした。しかし指針が未だ案であるということ、そして、私が指針に起因する被害当事者にはなっていない等の理由によって、申告は「調査不開始」になってしまった。私は、動揺を修復することができず、裁判の知識など皆無の状態にありながら、もしも指針に改善がなければ、内閣府男女局を提訴しようなどと本気で考え、日弁連や東京弁護士会や私の居住県の法務局人権擁護課に問合せの電話をするようになっていた。しかしやがて、この指針案は、意見募集の過程を経て、奇跡のように修正され、私は提訴の思いを捨てた。ところが、指針に修正はあっても、付属する「解説事例集」は、例えば被災時や被災準備対応として実効性を持つと思われるチェックシートの、文章や言葉の一部を表面的に操作しただけであって、女性限定配慮の本質は修正されることなく、指針の一部として公開されたのであった。その具体的な内容は別の記事として記すが、やがて、3年後の熊本地震に際して、内閣府男女局は、その「避難所チェックシート」をホームページに掲載する。そして、まさに、それに呼応するかの如く、熊本市男女共同参画センターは、女性限定配慮の、女性専用更衣室、女性専用休憩室、女性専用物干し場の、入口の写真を内閣府に送り、男女局は、それをホームページに掲載したのであった。解説事例集には、他にも、私が大変ショックを受けた取組事例が掲載されている。それについては、後日、別の記事として記す。


posted by 翠流 at 18:51| Comment(6) | 裏切りの男女共同参画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする