2013年05月29日

裏切りの男女共同参画

眠られぬ夜 (2020年3月28日に部分修正・加筆)

 2013年3月のことであるが、内閣府が公開した「男女共同参画の視点からの防災・復興の取組指針(案)」とその「解説事例集(案)」の内容が、特に、避難所でのプライバシ−や被災者の生活支援に関わる問題について、男性への配慮をあまりにも欠いていたために、私は、しばらくの間、そのショックから抜け出ることができず、「いのちの電話」の頻回通話者となっていた。何回かけてもつながらない「いのちの電話」に、くり返しくり返し電話をかけ、数時間の浅い眠りの後に、また同じことをくり返す。運良くつながるも、私は相談員の対応に満足できず、白々と夜が明けるまで電話をかけ続ける日々が続いた。この間、もしかすると、このストレスによる疲弊もまた、発病の一因となって、私は食事がとれなくなり、わずかの期間に体重が4s減った。このような痩せかたをしたのは、私には初めてのことであった。この時期はまだ、指針案の意見募集の期間であったが、私は、疲弊のままに時を過ごし、文章を綴れるようになったのは、4月の第2週に入ってからのことであった。既に意見募集の締切は近づいていたが、私はどうにか思いを綴り、15枚の意見書を内閣府に送ったのであった。

 この、指針案公開までの経過をたどれば、東日本大震災発災の年、2011年の秋に、ある女性団体が、内閣府に、「災害時の女性に対する配慮をまとめよ」という要望を出した。それはそれで、彼女たちとっては切実な要求であったのだろう。しかし、女性団体は常に、女性だけのために行動し、男性を配慮から疎外する。このニュースを聞いた時、私には、払拭できない動揺とストレスが湧き上がっていた。この女性団体の要望によって、災害対応はすべて、女性への配慮に特化したままに進むのではないかと。そしてこの予測は見事に的中してしまうのである。2013年3月28日、指針案意見交換会の前日、私のもとに送信されてきた指針案を見て、私は愕然とする。それは、僅かの部分を除けば、私の予想通り、女性側への配慮ばかりに彩られていたのである。翌日、意見交換会参加のために東京へ向かう電車の中で、私は指針案の理不尽を反芻する。これはまさに、男女共同参画社会基本法第三条(男女の人権の尊重)からの、乖離ではないかと。

 再び遡って、2011年の秋、前述の女性団体が内閣府に要望を出した頃、私は、私の居住県の男女共同参画部局に、電話相談の対象を、女性だけではなく男性にも広げてほしいと、要望の電話をしていた。そのとき私の電話を受けていたのは、Aという女性であった。私は、彼女がどのような人生を歩いてきたのか、或いは見てきたのか知らない。しかし、あの時の彼女は、自分が「男女共同参画」の職員として電話を受けているという自覚が、あまりにも脆弱であったと、今も思う。当時はまだ、年間自殺者数が3万人を超えていた時代。前年(2010年)の男性の自殺率は、女性の2.49倍であった。しかし、そういう私の指摘が、なぜか彼女の心には響かない。彼女には、男性の危機の現実を受け止めるスタンスが欠落していたのである。それは、男女共同参画の理念から考えれば、はなはだ奇妙なことであった。もしも彼女が「女性支援センター」の職員であったのなら、彼女のスタンスは分かるのである。しかし、彼女はこの時、男女の人権の尊重を謳った基本法第三条を背負う職員だったのである。

 彼女との会話は、災害対応にも及んだ。私が女性団体の女性限定配慮を話題にすると、彼女は言った。「でも、男性からは要望があがってこないんです」と。要望がなければ配慮の必要はない。声にならない声、声にしない声を拾う必要はない。それが、彼女の、男性に対するスタンスであった。翌日私は、いずれ書くことになるKスポーツクラブ男性更衣室の件で、内閣府男女共同参画局(以下、男女局)に問合せの電話をした。私は、いずれ詳述するが、同年6月、男性更衣室に女性清掃員が入る問題について、それは「男性に対する不当な性的偏見に基づく人権侵犯である」と、ひとたび認定した某地方法務局人権擁護課長の判断を、法務省の職員が潰し、「人権侵犯事実不明確」にしてしまったことに、強いショックを受けていたのである。

 この、男性更衣室の件について、私の電話を受けてくださったのは、男女局のBさんであった。Bさんとの会話は災害対応にも及んだ。前日のAの発言を話題にした私に、Bさんはそれを否定して言った。「そうではない。潜在化していても存在すると判断されるニーズは、それを、担当部局が顕在化させ、配慮の対象としなければならない」と。それから3年の後、熊本地震発災の年に、ある女性大学教授が、NHKラジオ第一放送で発言をしていた。避難所で小集団を作り、一人一人のニーズを顕在化させる必要があると。それは優れた発言であると私は思う。しかし現実問題としては、小集団でも言えないニーズが男性の中にもあるということを、私はやがて別の記事で具体的に書くことになる。そしてそのニーズは、もしも、災害対応にあたって男性のことを、女性と同等に考える視点があれば、必ず予見できるはずのことであるのだ。

 私は、この記事に「裏切りの男女共同参画」という題をつけた。しかし、男女共同参画部局に勤務する人達の中には、例えばBさんのように、男女両方の人権に配慮して発言をしてくださった方はいたし、今もいるのである。それは、内閣府の場合も、地方自治体の場合も同じである。ところが、具体的な施策として全国に展開してきた男女共同参画運動は、今後、このブログにも登場する様々の事例のように、初めに女性優遇配慮の結論ありきの、あたかも、自己中心的な和製フェミニズム運動とでも呼ぶべきような様相を呈していたのである。では、なぜそうなったのか。それは、内閣府男女局の上層部に、初めに結論ありきの、強引な上命下達の暴挙を行なう人物がいたということなのか。

 ところで私は、この頃、男性の人権を守ろうとする人たちとの接触を求めて、東京のある団体にたどり着き、男女共同参画運動が標榜する「積極的改善措置(ポジティブ・アクション)」(注T)に、男性差別の疑惑を抱くようになっていた。もしもそれが、例えば、社会進出を望む女性を支援する保育環境の整備のようなアクションであるならば、私に疑義はない。ところが、男女共同参画が企図していた積極的改善措置は、例えば、採用や昇進にあたって、女性への特別な優遇配慮を求めるアクションであって、それは、既にもう、行われてきたことのようでもあったのだ。例えば、この年の人事院HPの、「女性国家公務員の採用・登用の現状等:人事院」(下記:注)に記されていたグラフ、「T種試験事務系(行政・法律・経済)区分の申込者・合格者・採用者に占める女性の割合(昭和63年から平成22年まで)」を見ると、平成13年以降、採用者に占める女性の割合は、毎年、明らかに、合格者に占める女性の割合より高くなっていたのである。私はこのグラフを見て、採用に関わる面接等の段階で、関係各省庁が、女性優遇採用、つまりは男性差別の選考を行ってきたのではないかという疑惑を抱くようになった。

   (注T)積極的改善措置(ポジティブ・アクション):男女共同参画社会基本法第
      二条、特にその第二項を参照のこと。この条文は、採用・昇進等にあたって
      の女性優遇を、逆差別ではないと正当化するための計画的戦略として、導入
      されたものと思われる。近年は、いつの間にか、この「積極的改善措置」を
      「積極的差別是正措置」と言い換えるようになっている。今日まで行なわれ
      てきた女性優遇アクションの実態を踏まえて発言すれば、凄まじい開き直り
      だと思う。

   (注U)「女性国家公務員の採用・登用の現状等:人事院」http://www.jinji.go.jp/saiyoutouyou/sankoushiryou/III.pdf#search='www.jinji.go.jp%2Fsaiyoutouyou%2Fsankoushiryou%2FIII.pdf'

 この、積極的改善措置に関わって、もう一つ動揺を禁じ得ないニュースがあった。それは、2012年の春、警察発表として、「就職活動に失敗して自殺する学生が増えた」というニュ−スが流れ、その8〜9割が男性だったのである。この事実が、たとえポジティブ・アクションと直接の関係はなかったとしても、就活に失敗して自殺の道を選んでいった男性は、口には出さなくても、「男性であることの責任」を重く背負っていたのではないかと、私は、今も思うのである。そういう、男性を呪縛する性別役割を考えるとき、私には、女性優遇採用としてのポジティブ・アクションが、二重の罪、つまりは、男性への責任の強要と、女性優遇採用という男性差別の、二つの罪を背負う存在に見えたのである。たとえそのアクションが、過去の、社会進出を巡る女性差別に起因する施策であっても、若い男性は、過去の女性差別の加害者ではないのである。罪のない若い男性に、過去の女性差別の責任を負わせるポジティブ・アクション。それは、当時私が近づいていた団体を率いていたDさんの言葉を借りれば、「時空を越えた連座制」であって、それはやがて、怨恨に彩られた「報復の連鎖」を引き起こすアクションだと、今も思うのである。

 気になることはもう一つあった。それは、第三次男女共同参画基本計画(2010年12月17日決定)の第10分野、健康支援としては唯一の分野項目であるその名称は、厚性労働省母子保健課が、既に平成8年から行ってきた施策と同名の「生涯を通じた女性の健康支援」であり、男性に対しては同名の項目は存在しない。10分野の「基本的考え方」の冒頭には、「男女が互いの身体的性差を十分に理解し合い、人権を尊重しつつ、相手に対する思いやりを持って生きていく」という、美しい文章があり、末尾には「男女の性差に応じた健康を支援するための総合的な取組を推進する」と、これもまた、男女共同参画にふさわしい、はなはだ妥当と思われる文章があるが、予算を含め、10分野を読み進めれば、その支援の内実は圧倒的に女性側に傾斜し、男性が人生で直面する命の危機、例えば明白な性差としての「男性の短命」を招来する主因と判断される悪性新生物による死亡は、当時(2009年)、その1位から4位までを男性のガンが占め(肺ガン・胃ガン・大腸ガン・肝臓ガン)、年間のガン死亡者数は、男性が女性より6万5千人余り多かったにもかかわらず、その対策支援の内実は、ほぼすべて厚労省依存であって、「生涯を通じた女性の健康支援」に見られるような、厚労省に上乗せした手厚い配慮は、男性に対しては存在しなかったと言って、決して過言ではないのである。

 第三次計画10分野の「基本的考え方」は、その中間部分で、女性の特性としての妊娠や出産に触れ、「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」(性と生殖に関する健康と権利)を高らかに謳う。それはそれで、たいへん結構な話しなのであるが、結びの表現としての「男女の性差に応じた健康を支援するための総合的な取組を推進する」という視点で、男女それぞれの人生の総体を考えたとき、厚労省のデータが数値として示す客観的な命の危機は、むしろ男性に顕著であると言えるのであって、その現実と、第三次計画の健康支援の内容に、基本法第三条との、強い乖離を感じたのである。

 翻って、再び「防災・復興の取組指針(案)」に戻れば、被災してたどり着いた避難所で、女性には更衣室が与えられるのに、私は、男性であるという理由によって、上半身でも躊躇するのに、下半身までも、更衣室のない状態で着替えをしなければならないのか。それで人間としての尊厳が守れるのか。更衣室は、性犯罪防止だけのために作られるものではない。更衣室は本来、それ以前に、人間としての尊厳、プライバシーを守るために作られるものだ。人間の感受性は、「男性は」「女性は」というような、二項対立的単純化で説明しきれるものではない。感受性はグラデ−ションを形成しながら、多様性として集団内に存在する。男性にも羞恥心の強い人はいるのである。

 それにしても私は、今も思う。憲法直下の、国民すべての人権に配慮しなければならないはずの内閣府男女共同参画局が、どうしてあのような、男性の人権を軽視した指針案を提示することができたのだろう。その実態は、解説・事例集を見れば更に歴然とする。例えば、p.73「避難所チェックシ−ト」には、「女性や子育てに配慮した避難所の開設」というチェック項目があるが、男性のプライバシ−に配慮した項目は存在しない。また、p.72の「備品チェックシ−ト」には、女性用下着はあるが男性用下着はない。女性には新しい下着を配るが、男性は汚れたままの下着で生活しろというのか。そして、私は、後になって気づくのであるが、p.78には、2012年9月6日に修正された内閣府中央防災会議の「防災基本計画」からの引用文があり、その「第2編、第2章、第5節−2【避難場所】(2)避難場所の運営管理」には、指針案に使われたと思われる文章、つまりは、女性に対しては限りなく手厚い具体的配慮に満ちながら、男性に対してはそれを完全に欠落させた文章が記されていたのである。中央防災会議は、恐らくは、あの、2011年秋の女性団体の要望を、女性限定配慮のままに導入したのだろう。しかしそうであっても、男女局は、基本法三条の理念を踏まえるならば、男性に対する配慮を付け加えることは可能であったはずなのである。しかし男女局はそれをしなかった。意見交換会の当日、男女局の担当者は、なぜか笑みを浮かべながら、この指針案は「有識者」の意見も踏まえてつくられた、などと言った。しかしそれは、私のような感受性の男性にとっては、まさに人権侵犯そのものの指針案だったのである。私は、その、男性に対する差別性に耐えきれず、挙手をして、男性にも更衣室を作ってほしいと叫んできたのであった。

 この指針案提示から、確定した指針が公開されるまでの2か月の間に、私は、その理不尽に耐えきれず、東京法務局に人権侵犯被害申告をした。しかし指針が未だ案であるということ、そして、私が指針に起因する被害当事者にはなっていない等の理由によって、私の申告は、「調査不開始」、つまりは門前払いの扱いになってしまった。私は、動揺を修復することができず、裁判の知識など皆無であるという滑稽な状況にありながら、もしも確定指針に改善がなければ、内閣府男女共同参画局を提訴しようなどと本気で考え、日弁連や、東京弁護士会や、私の居住県の法務局人権擁護課に、問合せの電話をするようになっていたのであった。


posted by 翠流 at 18:51| Comment(6) | 裏切りの男女共同参画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする