2014年11月04日

山田昌弘さんの言葉 【その2】

前回の記事では、
ワレン・ファレルの本「男性権力の神話(久米泰介訳.作品社)」に寄せた山田昌弘さんの
推薦文の中から、
冒頭の一節を引用した。
今回は、その全文を、この記事の最後に掲載する。

山田さんの指摘のような、
「女性のつらさは問題にされるのに、男性の生きづらさは問題にされない」社会の中で、
男性差別が拡大する日本。
私の目から見れば男性たちの多くは、
社会の中で何が起こっているか、まるでわかっていないように見える。
「男女の人権の尊重(注1)」を謳いつつも、
内実はそれに離反するフェミニズム運動の拠点として、
「男女共同参画」局という「美名」の部局を手に入れた似非フェミニストたちは、
その美名で自己中心性を隠蔽するかのように、今日も明日も、
「はじめに結論ありき」の、女性優先・女性優遇・女権拡大の施策を推進する。
「かつて女性は差別されてきた」という言葉は、
恐らくは政治の場でも、奇妙な説得力を持ち続け、
全国津々浦々で、粗雑に、乱雑に使われながら、
男性差別を拡大させていくだろう。
                   (注1)男女共同参画社会基本法第三条

国民の「いのち」の問題について言えば、
内閣府男女共同参画局は、
「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)」の名のもとに、
「女性だけに対する」と言って過言ではない健康支援を展開してきた。
厚生労働省は、既に以前より、
「生涯を通じた女性の健康支援」という名の施策を展開してきたが、
第三次男女共同参画基本計画は、それに上乗せをする形で、
第10分野「生涯を通じた女性の健康支援」を設定した。
しかし男性には、それに相当する支援項目がない。
内閣府男女共同参画局は「性差」という言葉を好み、
それを、女性優遇のために使う。
そして、男性は疎外するのである。
たとえば、明白な性差としての「男性の短命」に関わる健康支援は、
女性に対する手厚い健康支援に比べれば、
ないに等しいと言って過言ではない。

内閣府男女共同参画局の自殺対策も同様である。
既にこのブログでも、くり返し現状を提示してきたように、
明白な「性差」としての、「男性に多いの自殺」の問題について、
男女局は、支援の施策を展開していない。
私が、男女局の担当者にこの発言をしたとき、
彼女は「自殺対策強化月間広報啓発経費」の計上をあげた。
しかしそれだけで、自殺対策などと言えるはずもない。
第10分野「生涯を通じた女性の健康支援」に見られる女性に対する配慮に比べれば、
自殺対策としての、男性への配慮は、皆無であると言ってよいのである。

東日本大震災をめぐる災害対応についても、
被災者の男性を疎外、或いは軽視する傾向が、随所に見られた。
自殺デ−タの扱いについては、すでに前回の記事に書いたが、
被災者の生活支援について言えば、
たとえば、昨年、内閣府男女共同参画局から全国に送られた「男女共同参画の視点からの
防災・復興の取組指針」に付属した「解説事例集(注2)」の、
「p.38」「取組事例13」に記された「宮城登米えがおネット」の、女性だけに対する支
援物資の配布。
この記事には、男性に対する支援が全く存在しない。
また、「平成24年男女共同参画白書全体版(注3)」の、「本編 > 第1部 > 特集 >
第2節 被災者の状況・1:避難所の状況」には、「女性だけに与えられた着替え用テント」
の写真が掲載されており、男性のプライバシ−に対する配慮は、完全に欠落している。
要するに被災者の生活と、人間の尊厳に関わる部分について、
これらの記事には、男性に対する配慮が存在しないのである。

 (注2)(注3) どちらも 内閣府男女共同参画局のHP にある。それぞれのURLは次の通り。
 (注2) http://www.gender.go.jp/policy/saigai/shishin/pdf/jirei_01.pdf     
 (注3) http://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/h24/zentai/index.html 

翻って、
私たちの日常を見れば、
鉄道会社の施策にも、深刻な男性差別が存在する。
鉄道会社は、「痴漢対策」と称して「女性(専用)車両」を設置していながら、
「痴漢冤罪対策」としての「男性(専用)車両」を設置していないのである。
痴漢冤罪被害は、無実の男性の人生を、根底から破壊する。
すでに衆知の通り、原田信助さんは、
痴漢冤罪被害のために、新宿駅で自らのいのちを絶った。

「なぜ女性のつらさは問題にされるのに、男性の生きづらさは問題にさされないのだろう。」
この、山田さんの言葉の通りの理不尽さが、
日本の社会の、至る所に存在する。

次に、山田昌弘さんの推薦文の、全文を記す。

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ワレン・ファレル「男性権力の神話(久米泰介訳.作品社)」 推薦文
                              中央大学教授 山田昌弘
【生きづらい男性が増えている日本社会のために必要な認識】

 なぜ女性のつらさは問題にされるのに、男性の生きづらさは問題にさされないのだろう。
本書の著者であるワレン・ファレル氏は、この問題意識から、これでもか、これでもかと、
男性が女性に比べ「生きづらい」例をあげていく。アメリカ社会では、男性の方が7歳も早
く死ぬ。自殺者も多い。戦争に駆り出される、犯罪は厳しく罰せられる。そして、お金を稼
いで妻子を支えるよう仕事をさせられ、企業は男性を使い捨てにする。ファレル氏は、この
ような男性に不利な状況を「ガラスの地下室」と呼ぶ。ガラスの天井とは、女性が経済的に
活躍したくて上を目指しても見えない壁に阻まれてしまうことを言う。一方、ガラスの地下
室は、いつのまにか見えない壁で囲まれていて、そこから出られなくなってしまう状態を表
している。しかし、男性には権力があると言われていることで、それ自体、問題にされるこ
ともない。
 読んでいて、この状況は、アメリカよりも日本によく当てはまるのではないかと思ってし
まう。日本でも、男性の平均寿命は女性より7歳短く、自殺率は高い。何よりも「男性が妻
子を養うべき」という意識は、アメリカ以上に強い。2012年の内閣府の国民生活に関する
世論調査によると、生活満足度の質問では、生活に満足していると答えた人の割合は、20代
女性の年齢層で最高で75%、最低は、50代男性で、50%である。平均小遣い額も、年々、
低下を続け、既婚男性では昼食代を含め月約3万円である。学生が、自分の小遣いよりも少
ないと驚いていた。そして、収入が低い男性は、結婚相手として選ばれないし、離婚されや
すい。また、近年そのような男性が増えているのである。確かに権力をもって、それを十分
に使い優位に立っている男性もいるだろう。しかし、権力をもっていると言われながら、社
会的に生きづらい男性が増大していることは確かなのだ。
 ファレル氏は、だから、女性差別はこのままでよいとか、昔に戻れと主張するわけではな
い。今までの運動が、近代社会で生きづらい女性を生きやすくするための運動であったなら、
今後は、男性を生きやすくする男性運動が求められている時代であることを強調する。本書
は、アメリカについて書かれたものだが、むしろ、生きづらい男性が増えており、「男は強い」
という考え方が残り続けている日本社会でこそ、本書で展開されている状況の理解が必要で
はないだろうか。


posted by 翠流 at 23:32| Comment(0) | 人権擁護への思い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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