2014年03月10日

【返信1】 被災地の「市民権様」へ (1)・・・・・「男女局と災害対応について」

 被災地に住む「市民権さん」からいただいた幾つかのコメントへの返信の形で、私が、内閣府や全国の男女共同参画部局の、主に災害対応について感じていることを、何回かに分けて、記事として掲載することにした。私の考えに、誤りや疑問、現実認識の甘さ等があれば、率直に指摘してほしいと思う。もとより私は「社会型」の人間ではないと自己評価しており、私の発言を客観的に見て、例えば私に、脆弱な基盤の上で試行錯誤を繰り返しているような姿があれば、差別のない災害対応の実現に向けて、実効性のある道、私が執るべき適切な道を、教えてほしいと思う。

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【返信1】 被災地の「市民権様」へ(1)

 共感的なコメント、ありがとうございます。「市民権さん」も感じていらっしゃるように、「男女共同参画」という言葉が、言葉通りの内実を伴わずに、「女性だけに対する支 援」や「女性を優先、優遇する支援」の代用語のように、頻繁に使われています。既に日本中で流行語のようになった「男女共同参画の視点」という言葉は、施策が、男性の人権を、無視、或いは軽視していても、なぜか平然と使われるのです。前回取り上げた「大船渡」の新聞記事もそうでした。「男女共同参画の視点から岩手の復興と未来を考える」と言いながら、書いてあることは、女性に対する支援ばかり。「市民権さん」のコメントは、現在でも、被災地で、「男女共同参画」という「美しいはずの言葉」と乖離した、男性差別の災害対応が行われている証だと思っています。

 災害対応に限ったことではなく、健康支援にしても、ポジティブ・アクションにしても、そして、実は最近気づき始めたのですが、DVの問題にしても、内閣府男女共同参画局の施策は、始めに結論ありきの、女性優先、女性優遇の傾向が強く、男性差別は、広範囲に存在します。施策の中に、男性に対する配慮が全くないわけではありません。しかし、女性に対する手厚い配慮に比べれば、そこには、雲泥の差があるのです。

 しかし、少なくとも、内閣府の男女共同参画局は、その施策の問題点を是正する姿勢を、全く持たないわけではないと、私は、この1年間を振り返って感じています。例えば、恐らくは、外部からの批判あっての結果だろうとは思いますが、くり返し扱ってきた「男女共同参画の視点からの防災・復興の取組指針(案)」は修正されましたし、昨年の11月25日に掲載した記事、「ひどすぎる男性無視の復興アンケ−ト」で取り上げた「東日本大震災からの復興に関する男女共同参画の取組状況調査」の、男性に対する人権無視の問題についても、12月12日の記事、「内閣府男女局 総務課へ:ひどすぎる復興アンケ−ト」に書きましたように、男女局の担当者から、電話ではありますが、改善の方向で対応するという回答を得ています。また、今年の1月14日の記事、「被災地における、女性の悩み・暴力相談事業」につきましても、(男女局幹部ではなく担当者ではありますが)、「男性に対する配慮の不足」を認める発言をしておりました。

 私の認識に誤りや甘さがあれば、ぜひ指摘していただきたいと思いますが、もとより、男女共同参画部局は公の機関であるわけですから、私的機関に比べれば憲法の拘束性は強いはずだと思います。実際に、ご存じかとは思いますが、男女共同参画社会基本法第3条には、憲法第14条の反映と思われる次のような条文が記されています。

 (男女の人権の尊重)
 第3条:男女共同参画社会の形成は、男女の個人としての尊厳が重んぜられること、
    男女が性別による差別的取扱いを受けないこと、男女が個人として能力を発揮
    する機会が確保されることその他の男女の人権が尊重されることを旨として、
    行われなければならない。

 また、この第3条に抵触するような事象を監視する効果を持つ条文、とでも言えばよいのでしょうか、次のような、第17条があります。

 (苦情の処理等)
 第17条:国は、政府が実施する男女共同参画社会の形成の促進に関する施策又は
    男女共同参画社会の形成に影響を及ぼすと認められる施策についての苦情の
    処理のために必要な措置及び性別による差別的取扱いその他の男女共同参画
    社会の形成を阻害する要因によって人権が侵害された場合における被害者の
    救済を図るために必要な措置を講じなければならない。

 ですから以上のような事実を踏まえて、粘り強く要求を続ければ、道は開けるはずだと、私は考えています。ただ、内閣府ではなく、全国各地の男女共同参画部局の人たちについては、上の条文のような認識を持たない人、或いは知識としてはあっても、女性優先の願望が強い上に、「かつて女性は差別されてきた」という論理と感情が、個々の事象の特質とは無関係に、盲目的に優先される状況が恐らくはあり、女性優先、女性優遇、男性差別が、解消されない状況を生じているのではないかと推測します。この件については、次回以降の返信に具体的に書きたいと思います。今回は、とりあえずここまで。
                                    (続く)


この記事へのコメント
僕としては、他県にお住まいの方が男女共同参画(男性差別)について記事にしていただいている事に感謝します。
他県にお住まいの方々が、被災地での男性差別についてこれだけ考えて下さっているという事に感謝、感謝
です。
地元の男どもにも、「似非フェミ集団の言いなりになってないで、もっと男女共同参画について真剣に考えろ!」と言ってやりたくなりますね。地元の男どもも、もっとしっかりしなきゃいけないと思います。
幾ら「女性優遇」や「女尊男卑」と言われる時代でも、似非フェミ集団に好き勝手にやらせてはいけないと。もう少し自覚は必要ですね。
Posted by 市民権 at 2014年03月11日 21:59
市民権様。
コメントありがとうございます。私は「差別のない人権尊重」を求める立場で発言をしているつもりなのですが、市民権さんの近くには、そういう人はいませんか? 次回の記事で、また話題にしたいと思っていますが、内閣府男女局が(やや幸いなことに)好んでいる言葉を使って表現すれば、「固定的性別役割意識」に縛られて、私のような発言をしない男性も、多いような気がしますね。それがあたかも男性の義務、あるいは美徳であるかのような認識に立って・・・・・。そして、そういう男性の上に「あぐら」をかいて、女権拡大を、遠慮など全くなく押し進めようとしている女たちがいる。というのが今の日本かと、思ったりもしますね。誠意のある女性、男女両方の、というか、すべての人の人権に配慮してくださるような、誠意ある女性との出会いもあったのですが、そういう人は今、「男女共同参画」の前面には、出てきていないように感じますね。
Posted by 翠流 at 2014年03月12日 00:09
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