2013年11月19日

男性の自殺【V】・・・ 自殺予防フォ−ラム

近隣の某市で行われた「自殺予防フォ−ラム」に参加した。
以前、内閣府の自殺対策推進室に問い合わせの電話をしたとき、
「全国各地での取組みの主体は、内閣府ではなく各自治体である」という話を聞いたが、
某市の取り組みは非常に意欲的で、感心させられた。

例えば、ポスタ−や相談窓口7か所の電話番号を添えた多数のポケットティッシュの、
医療機関等への配布、
或いは、自殺予防のためのパンフレットの作成、
そして、生活全般に関わる困りごと等の相談機関18カ所を載せたリーフレットの作成等、
今後、その、市民への周知活動が拡がれば、
優れた自殺対策に発展するように思われた。

ただ、自殺が男性に多いことは、
フォーラムでは、全く取り上げられることがなく、
私には強い違和感があった。
経験的な直観的判断からすれば、
失礼ながら、もしかすると、担当部署の中に、
性差の提示によって、男性の危機が女性より顕著であるというような認識が広がることを、
好ましく思わない人が、いたのではないかと考えてしまう。
いつの間にか私は、そういう推測をするようになってしまった。

近隣の他の自治体や全国の取り組み状況を知りたいと思い、質問をしたところ、
講師として来ていた某大学病院の精神科医が、
東京の某区の取組みを、意欲的な事例として挙げた。
その具体的な内容は紹介いただけなかったが、
「地域により温度差がある」という精神科医の言葉から、
意欲的な自治体は必ずしも多くはないという印象を受けた。

因みに、私の居住県では、県の男女共同参画センターが、
男女共同参画であるにもかかわらず、女性限定の電話相談を開設しており、
その紹介チラシを、県内の医療機関に配布していたが、
私が、男性も相談対象にすることを求めて自殺の性差について発言したところ、
電話を受けた彼女は、「自殺対策は別の部局がやっている」などと言ったのである。
しかし、かつて自殺の淵を彷徨い、
県外のカウンセラーや精神科医を頼りに呻吟していた知人男性が、
彼女の言う「別の部局」に、全くたどり着けなかったという事実があり、
それはつまり、自殺対策部局が存在していたとしても、
それは、市民に対する直接的支援の部局として、
全く機能していなかったことを意味するのである。

ところで、この、女性限定電話相談の件について、
彼女に女性限定である理由を聞いたところ、
彼女は、相談員が女性しかいないことをあげた。
この返答は、私の経験的認識からすれば、
全国の男女共同参画部局に共通した回答である。
しかし、実は、ある電話相談活動と関わりを持ってきた私の認識からすれば、
少なくとも精神面での電話相談は、
相談者と相談員が同性でなければならないとか、
同性であれば成功するとか、そういう限定的な性質のものではない。
私事を持ち出して恐縮ではあるが、
逆に私が相談者であったときの経験を率直に申し上げれば、
呻吟する私の思いを受け止め、救済を与えてくれたのは、
「いのちの電話」の女性相談員であった。

要するに、心の電話相談活動の成否は、
相談者と相談員の感受性、相談内容、相談員の資質等の、
複合的な要因によって決まるのであって、
上記の男女課の担当女性は、それを認識していなかったか、
或いは、仮に認識していたとしても、彼女の心の中では、  
私の要望を拒否したい思いが、先行していたのだろうと思う。
因みに、彼女は、やがてその男女共同参画センターのセンター長となり、
現在は別の部署に転勤しているが、
私の要望電話から彼女の転勤までに8年の期間があったにもかかわらず、
センターは、未だに、女性限定の電話相談を行なっている。
なお、相談員が女性の場合、男性からのいたずら電話が危惧される面はあるが、
給料をもらう相談員であれば、それをかわす覚悟と訓練が必要なのは、
常識的当たり前であろう。

ところで、上述の自殺予防フォーラムを企画した某市が、
以前作成した自殺予防のポスターには、
その中央に、悩む女性のイラストだけが描かれていて、
男性の姿はなかった。
ポスターが、そういうメッセージを発していたのである。
苦しむ姿は女性として描かれ、男性は存在しない。
同様のパターンは、広く社会に存在する。
そこには、女性の非共感力の高さと、
男性が背負う「耐えるべき性別役割」の存在があると私は思う。
そして、そのパターンの存在が平凡であるが故に、恐らくはそこに、
自殺の性差が、変わることなく存在することの、
根本原因の、一つがあると私は思う。

私は、そのポスターの、現実との乖離に耐えられず、
フォーラムよりだいぶ前のことではあるが、
某市の、担当部局に苦情の電話を入れていた。
その私の行動とは全く無関係の、偶然の所産ではあろうが、
フォーラムの会場に掲示されていた新しいポスターには、人の姿はなく、
青い背景の中に、人の心を象徴するかのような、
多数の、絡み合った臙脂色の歯車が描かれていた。
私は、そのポスターに感動した。
自殺に向かう人は、
性別による偏向を捨象した支援、
危機の現実と乖離しない支援によって、
救われなければならない。


posted by 翠流 at 23:37| Comment(0) | 自殺関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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