2013年10月22日

投稿原稿−2 ・・・ 「男女共同参画」に翻弄される日々 【2】

投稿原稿の後半を掲載する。
原稿中の「(3)いのちの重さ」は、5月29日に掲載した「裏切りの男女共同参画」の関連部分を見直し、加筆したものである。視点は同じであるが、改めてお読みいただければ幸いと思う。

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 「男女共同参画」に翻弄される日々 【2】
                                          ( 翠 流 ) 
      (読んでくださる皆様へ ・・・ 11月25日:記)
          投稿先の編集部のご厚意を得て、季刊誌では、下記の【はじめに】を「先号の内容
         :要約」に置き換えた。しかしこのブログでは、読みやすさを考えて、【はじめに】は
         そのまま残し、この原稿の最後に、置き換えた「先号の内容」を掲載する。

【はじめに】
     投稿にはペ−ジ数制限があるとのことで、不本意ながら原稿を二分割せざるを得なくなった。
    今回の記事だけを読んでくださる方には、私の思いは伝わりにくい。もしも、先号の「男女共同
    参画」に翻弄される日々【1】から読んでいただけるようであれば、幸いと思う。
     なお、今回の記事の(3)(4)は、先号の2-(1)(2)と共に、先号に記した「男女共同参画の視点
    からの防災・復興の取組指針(案)」が公開された3月28日から、指針(案)が修正されて、5月31
    日に「指針」が公開されるまでの間に、私が、私のブログに「裏切りの男女共同参画」と題して
    綴った記事を、加筆・修正しながらまとめたものである。

(3)いのちの重さ

 災害対応やポジティブ・アクションの問題とあわせて、もう一つ、最近気になっていることがある。それは、内閣府男女共同参画局の分野別予算(注5)。健康支援の分野項目である第10分野は、その名称が「生涯を通じた女性の健康支援」となっており、男性に対しては、これに相当する「健康支援の分野項目」が存在しない。第三次男女共同参画基本計画(平成22年12月17日閣議決定)(注6)に記された、第10分野の「基本的な考え方」には、冒頭に、「男女が互いの身体的性差を十分に理解し合い、人権を尊重しつつ、相手に対する思いやを持って生きていくことは、男女共同参画社会の形成に当たっての前提と言える」という、はなはだ妥当な平等の理念が記されているが、しかし続いて「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)」という視点が登場し、女性に対する健康支援の重要性だけが強調される。具体的には、「特に、女性は妊娠や出産をする可能性もあるなど、生涯を通じて男女は異なる健康上の問題に直面することに男女とも留意する必要があり」、「こうした観点から、子どもを産む・産まないに関わらず、また、年齢に関わらず、全ての女性の生涯を通じた健康のための総合的な政策展開を推進する」という、女性に対する手厚い配慮である。しかし一方で、10分野の名称を考えれば差別的必然ということになろうが、男性が抱える健康上の問題、具体的には、毎年、明らかな「性差」のある「男性の短命」に関わる様々の問題、たとえば、国民の死亡原因の第1位である悪性新生物の、1位から4位までを占める男性のガン(肺ガン・胃ガン・大腸ガン・肝臓ガン)(注7)等に関わる予算項目は、10分野にも、他の分野にも存在しないのである。
 10分野の「基本的な考え方」は、「男女の性差に応じた健康を支援するための総合的な取組を推進する」という文章で終わる。しかし、支援の実態は、上記の如き男性軽視である。10分野の小項目としては「生涯を通じた男女の健康の保持増進」があるが、ここには、23年度も24年度も予算は計上されていないし、第三次男女共同参画基本計画の、この項目に関する「具体的施策」を読めば、女性に対する手厚い配慮の一方で、男性に対する健康支援の軽視は、歴然としているのである。予算小項目中の「ガン検診推進事業」に対応する「具体的施策」には、乳ガン・卵巣ガン・子宮ガンと併せて、前立腺ガンも対象と記されているが、厚生労働省への問い合わせによれば、前立腺ガンは、PSA検査の特質のためか、支援の対象にはなっていない。
 要するに、「第三次男女共同参画基本計画」の健康支援の予算は、「男女共同参画局」と言う名の部局が、あたかも「女性支援センタ−」であるかの如く、その大部分が、妊娠出産や女性生殖系のガン検診推進等のような女性支援に費やされており、視点が、国民全体の健康支援になっていない。もっとも、もしも仮に、厚生労働省を始めとする関係省庁の、今までの、健康支援に関わる予算配置に不備があり、女性に対する健康支援の不足、たとえば以前から「生涯を通じた女性の健康支援」に取り組んできた厚生労働省の母子保健課が、冷遇されてきたというような実態があるのならば、その不備の補填としての第10分野の内容は理解できるが、果たして今の日本で、そのような実態があったのだろうか。
 心の健康の問題として、自殺対策も気にかかる。男性に自殺が多いことは、短命と同じく世界的な傾向であるから、世界的な配慮が必要であると思うが、日本の場合、第三次男女共同参画基本計画が閣議決定(平成22年)される前年までの約10年間、男性の自殺者数は、毎年、女性の約2.5倍に達している(注8)。自殺対策としては、第3分野(男性、子どもにとっての男女共同参画)に、自殺対策強化月間広報啓発経費があるが、それが唯一であり、施策の文章表現を含めて、第10分野の女性支援と比べれば、男女の間には、あまりにも大きい落差があると感じられるのである。
 男女共同参画局は「女性支援センター」ではない。「男女共同参画局」なのである。名称と施策の乖離、憲法第14条や男女共同参画社会基本法第3条との乖離を生じないように、男女の人権、すべての国民の人権を、等しく尊重する視点で施策を行う責任があるはずだろう。現在の健康支援は、女性支援に偏りすぎた、自己中心的なフェミニズムの色彩が強すぎると思う。

(4)人権侵犯                        

 3月28日に公開された「男女共同参画の視点からの防災・復興の取組指針(案)」に戻れば、「指針(案)」の「避難所の開設」等の項目には、女性に対しては、更衣室設置をはじめとするプライバシ−への手厚い配慮が記されていたが、男性に対しては、その配慮は皆無であった。この「男性に対するプライパシ−無視」の件について、私は、地方法務局の人権擁護課でも触れ、仮に私が被災して避難所にたどり着いたとき、女性には更衣室が用意されているのに、私に対しては、「あなたは男性だから更衣室はない」と言われれば、私は、そう伝えた人間を殴るかもしれないと、人権擁護課の新任課長に言った。そのとき課長は、もっともらしい顔をして、「(翠流)さん、どんなことがあっても、暴力は絶対にいけないんですよ・・・・・」などと言った。心を受け止める術を知らない、鈍感すぎる新任課長、あなたが「人権擁護課」の課長であるならば、もっと選ぶべき言葉があったはずなのに・・・・・。被災という極限状況の中で、心身ともに疲弊して辿り着いた避難所で、女性だけに更衣室が与えられて、私は、自分が男性であるが故に、上半身でも嫌なのに、下半身までも、更衣室のない状態で着替えをしろというのか。それで人間としての尊厳が守れるというのか。人間の感受性は、男と女を二項対立的に捉えるような、単純化された論理で説明しきれるものではない。感受性は、人間の集団の中に、グラデ−ションを形成しながら多様性として存在する。男性の中には、更衣室がなくても平気で(?)着替えができるような人がいるのだろうか? しかし少なくとも私はそうではない。私のような男性のために、男性更衣室を作ってほしい。更衣室は、女性の犯罪被害防止だけのために作られるものではない。更衣室は本来、プライバシシ−を守るために、人間としての尊厳を守るために作られるものだ。もしも私が、そういう思いを、男性であるが故に我慢しなければならないとすれば、それはまさに、不当な性的偏見に基づくジェンダ−ハラスメント、人権侵犯という「暴力」ではないのか。
 それにしても、憲法直下の、そして、男女共同参画社会基本法直下の、すべての国民の人権を守る立場に立たなければならないはずの内閣府男女共同参画局が、どうしてあのような、避難所での、男性に対するプライバシ−無視の、そして、女性に対しては限りなく手厚い配慮に満ちた片目の指針案を、提示することができたのだろう。指針(案)の実態は、意見交換会の日に配られた「解説・事例集(案)」(注9)を見ればさらに歴然とする。例えば、p.73「避難所チェックシ−ト」には、「女性や子育てに配慮した避難所の開設」というチェック項目があるが、男性のプライバシ−に関わる配慮項目は完全に欠落している。また、p.72の「備品チェックシ−ト」には、「女性用下着」はあっても「男性用下着」はない。女性には清潔な新しい下着を配るが、男性は汚れたままの下着で生活しろというのか。そして、つい最近になって気づいたのであるが、p.78には、昨年の9月6日に決定してしまった「防災基本計画(中央防災会議決定)(抄)」(注10)があり、その「第2編、第2章、第5節−2【.避難場所】(2)避難場所の運営管理」には、もう既に、今回の指針(案)を拘束したと思われる文章、つまりは、女性に対しては限りなく手厚い配慮に満ちながら、しかし男性に対しては、人権、プライバシ−に関わる配慮を完全に欠落させた、片目の文章が記されているのである。私はその背後に、自己本位の女性団体の、存在と圧力を感じる。そして中央防災会議は、そういう女性団体の、男性には全く配慮しない片目の要求を、そのまま受け入れてしまったのではないか。しかし、たとえその「防災基本計画」の拘束性を考えたとしても、男女共同参画局は、「避難所の開設」に、男性に対する配慮を付け加えることはできたはずなのである。しかし、男女共同参画局はそれをしなかった。もしも、指針(案)の(案)の文字がとれた段階で、この事実に改善がなければ、私はどうすればよいのだろう。裏切りの男女共同参画。人権、プライバシ−に対する配慮は、人間としての尊厳に関わるというのに、男性に対しては配慮をしない男女共同参画局。その指針は、実際の被災の場面で、男性に対して「不当な性的偏見に基づく人権侵犯」を発生させる。私はその「暴力」を許せない。

3.追記

 ここまでが、「男女共同参画の視点からの防災・復興の取組指針(案)」が公開された3月28日から、「指針」が公開される5月31日までの間に、私が、自分のブログの記事として綴った文章を、加筆・修正しながらまとめたものである。幸いなことに、「指針(案)」は、意見募集の期間を経て、男性の人権・プライバシ−に対する配慮を付け加える形で修正されたが、その「解説・事例集」には、今も、「指針」と整合性を欠く、男性に対するプライバシ−無視が残されている。しかしそれでも「指針(案)」は変わったのである。私は、それを知るまで、もし改善がなければ、捨て身のような思いで、内閣府男女共同参画局を提訴しようと思い、情報収集を始めていた、裁判のことなど右も左もわからない私は、地元の弁護士会の無料電話相談に問い合わせをしたり、東京弁護士会や日弁連のホ−ムペ−ジを開いたり、電話で問い合わせをしたりしていた。「あなたがしようとしている訴訟は行政訴訟でしょう。行政訴訟は私にはできない。それを得意とする弁護士を探さなければ・・・」という、ある弁護士の言葉。或いは、「(翠流)さんが考える訴訟は、二つの条件のいずれかを満たさなければ成立しないのかもしれない。(翠流)さんの場合、果たしてその条件にあてはまるかどうか・・・」という、今はもう、感受性の溝を感じて、関係の断裂を意識するようになってしまった地方法務局のある職員の言葉。裁判に無知な私が、憲法第14条・13条、そして男女共同参画社会基本法第3条の直下にあるはずの、内閣府「男女共同参画」局に対して、なぜ提訴を考えなければならなかったのか、なぜそのような現実が現れなければならなかったのか、私は今も、全く納得できないのである。指針(案)の意見交換会の日、男女共同参画局の担当者は「有識者の意見も聞いた」などと言った。しかし、いったいどんな有識者であったのか。私はこの発言を思い出して、今も、あきれるばかりなのである。
 ところで、政治の舞台に明確な姿を現すようになった「ポジティブ・アクション」に関わって、5月に「女性管理職50%」を数値目標として掲げたイオンは、7月に、女性登用を推進する「ダイバ−シティ−推進室」なるものを設置したのだそうだ。それが、女性の就労環境の整備を行うのならよいが、実力主義であるべき昇進が歪曲されて、不当な男性差別の、女性優遇昇進が企図されるのではないかと危惧している。教育の機会均等が保証されている今の日本にあって、採用や昇進にあたって配慮されるべきものは、憲法に則った機会平等と平等な選考であるはずと考えるが、女性優遇を正当化するかの如き詭弁が、様々の場面で弄されている。以前、九州大学数学科には、入試に女性枠を導入しようとする計画があったが、その、男性に対する差別性が批判されて、廃案になったと聞いた。同様の働きかけが、女性優遇としてのポジティブ・アクションに対しても行われ、男性差別は駆逐されなければならないと思うのだが、そういう「正論」が、逆に、巧みな詭弁によって駆逐されてしまうかの如き「逆差別」が、日々進行する時代になってしまったような気がする。
 ところで、昨年は、年間の自殺者数が3万人を割った。しかし、男性の自殺者が多いことに変わりはない(注11)。特に、経済生活問題が原因の自殺者は、その約9割(89%)を男性が占める(注11から算出)。更に細分化された項目を年齢別に別に見れば、20代で就職の失敗が原因で自殺をした149名のうち、130名が男性なのである(注12)。こういう現実を、内閣府の男女共同参画局や、自殺対策推進室は、どのように捉えるのであろうか。雇用情勢が今も厳しい現実の中にあって、自分が「男性である」ことの呪縛から逃れられない男性が背負わなければならない現実は、男性差別を孕むポジティブ・アクションと、全く別の世界にあるわけではないだろうと私は思う。

【インタ−ネット.検索項目】

(注5)内閣府男女共同参画局.男女共同参画に関係する予算.平成24年度予算の概要.平成24年度
   男女共同参画基本計画関係予算額(分野別内訳表)(表の単位は千円)
(注6)内閣府.第三次男女共同参画基本計画
(注7)第3次男女共同参画基本法が閣議決定(H22)される前の5年間(H17〜21)の、次の統計資料
   による。・・・・・ 厚生労働省.統計情報・白書.各種統計調査.厚生労働統計一覧.人口動態調査.
         統計表一覧.確定数.死亡.年次.2012(H24)
(注8)警察庁生活安全局生活安全企画課.「平成21年中における自殺の概要資料」を用いて算出.    (注9)先号の(注1:下記)で検索した「男女共同参画の視点からの防災・復興の取組指針指針(案)」
   の下に(参考)として記されている。1〜4のPDF形式。     
    ・・・・・(注1)内閣府男女共同参画局.災害対応.防災・復興の取組指針.「男女共同参画の
         視点からの防災・復興の取り組み指針(案)」についての意見募集.1:意見募集
         対象.「男女共同参画の視点からの防災・復興の取り組み指針(案)」  
(注10)内閣府男女共同参画局.災害対応.防災・復興の取組指針.「男女共同参画の視点からの防災
   ・復興の取組指針」.(解説・事例集)の、2【PDF形式】      
(注11・12)内閣府.共生社会政策.自殺対策.自殺の統計.各年の状況.平成24年の状況.付録1
   (年齢別、原因・動機別自殺者数)・・・・・ 内閣府の自殺統計は、警察庁のデ−タをもとに作成
   されている。
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【先号の内容】・・・ 上記の【はじめに】と置換した文章。

 投稿にはペ−ジ数制限があるとのことで、不本意ながら原稿を二分割せざるを得なくなった。後半だけを読んでくださる方には、私の思いは伝わりにくい。できるなら、先号の「男女共同参画」に翻弄される日々【1】から読んでいただきたいと思うが、必ずしもそうはいかないだろう。だから私は、ここに、先号の内容を要約させていただくことにした。
 私が男性の人権問題に取り組むようになってから、もうすぐ二年半になるが、その契機は、ある大手スポ−ツクラブの男性更衣室で、私に対してなされた人権侵犯、詳しくは、私が「男性であるが故に与えられた不当な性的偏見に基づく人権侵犯」であった。尤も、それが「人権侵犯である」と認定してくださったのは、地方法務局の人権擁護課であって、半年の後には、この判断が、「人権侵犯事実不明確」に退行して私のもとに連絡された。私は、当時の人権擁護課の課長との接触の中で、判断を覆したのは、東京の法務省の職員であろうと推測している。(先号「1.はじめに」前半)
 この件があってから、私は、男性の人権擁護に取り組む団体を探しながら、内閣府男女共同参画局の施策に関心を持つようになったが、その男女局が、今年の3月28日に、私にとっては、まさに「男性であるが故に与えられる不当な性的偏見に基づく人権侵犯」そのものであるかのような、男性に対するプライバシ−無視の「男女共同参画の視点からの防災・復興の取組指針(案)」を公開したのである。それから約10日間、私は、精神的に非常に不安定な状態にあった。それが、先号の「2.男女共同参画に翻弄される日々」の「(1) 眠られぬ夜」である。プライバシ−無視の内容については今回の記事で触れるが、それは、私にとってみれば、「男女共同参画」という「美名」とは、とても結びつくはずのない内容であった。
 「美名」と施策の乖離は、「防災・復興の取組指針(案)」だけではなく、実は、様々な場面に存在すると、私は、裏切られながら、次第に強く認識するようになってしまった。例えばその一つ、採用・昇進にあたって、女性に「ゲタをはかせる」形の女性優遇採用・女性優遇昇進は、既に政治の表舞台に姿を現し、今、日本中を揺り動かしている。この「ポジティブ・アクション」に関わる記事が、先号の「2−(2)逆差別」であった。
 ところで私は、上に書いた「男性の人権」に関わって、人間の「感受性の多様性」について発言しておかなければならない。わかりやすい例をあげれば、性同一性障害の人たちの性別違和感は、多様性の一つの典型であると思うが、その人たちの人権が、性別適合手術の合法化によって尊重されるようになったのは、非常に大きな進歩だと私は思っている。そして、同様の配慮が、「典型」の人たちだけではなくて、男性と女性の間に広がる、感受性のグラデ−ションの領域に対しても、なされなければならないというのが、私の主張である。多様な感受性は、「男性」と「女性」を二項対立的に捉えるような単純な視点では説明しきれない。二項対立論の単純さは、人権軽視、人権無視、人権侵犯を生む。そして、「防災・復興の取組指針(案)」の、男性に対するプライバシ−無視は、まさにその典型のようであった。たとえば、指針(案)の「避難所の開設」の項目には、女性に対しては、更衣室設置をはじめとするプライバシ−への手厚い配慮が記されていたが、男性に対しては、その配慮は皆無だったのである。このような発言をすると、私が男性であるが故に、この主張を否定的に捉える人がいるだろう。しかしそれこそがまさに、「男性であるが故に与えられる不当な性的偏見」なのである。ジェンダ−フリ−と言われつつも、「男性である」が故の呪縛、圧力、偏見が、社会には、根強く存在する。それを破壊して、多様性の認識のもとに、すべての人の人権を尊重するという確かな視座を、日本の社会に確立してほしいという願い、それが、この文章を投稿するに至った私の契機の、重要な一つである。性的偏見は、日常の中に、様々な形で存在する。別の例を一つあげれば、私は、自分が男性であるが故に、長い間、心の底に封印し続けなければならなかった本当の自分を、今から18年前、あることを契機に引き出して、モダンダンス(モダンバレエ)の世界に足を踏み入れたが、それは、小心な自分や、私を取り巻く人たちの偏見との、怯えながらのたたかいであった。それは、私に言わせれば、まさに、ジェンダ−の呪縛の悲惨なのである。
 以上が、先号の内容と、それに関わる事項である。今号は、男女共同参画という美名と施策の乖離として、3例目の、「健康支援」に関わる記事、「2−(3) いのちの重さ」から掲載する。先号を含めて、「2−(1)(2)(3)(4)」は、「防災・復興の取組指針(案)」が公開された3月28日から、指針(案)が修正され、5月31日に「指針」が公開されるまでの間に、私が、私のブログに、「裏切りの男女共同参画」と題して綴った文章を、加筆・修正しながらまとめたものである。
posted by 翠流 at 02:14| Comment(0) | 投稿原稿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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