2013年09月04日

男女別統計の不当な扱い (その1)

                 (1) 統計があったにもかかわらず。
                 (2) 再び、「裏切りの男女共同参画」

 既に、このブログの「裏切りの男女共同参画」に記したように、今年の3月28日に公開された「男女共同参画の視点からの防災・復興の取組指針(案)」は、例えば「避難所の開設」のような、プライバシ−への配慮が大きな問題となる項目について、女性に対しては手厚い配慮が記されていたにも関わらず、男性への配慮は皆無で、私は強いショックを受けた。「指針(案)」は、その後、意見募集の過程を経て、男性への配慮も付け加える形で修正されたが、「解説・事例集」の、例えば、避難所や備蓄のチェックシ−トの如きは、記事「全国の男女共同参画へ」に記したように、言葉を小細工に修正しただけで、男性への配慮の欠落は「指針」と同様に存在した。私はこの件について、内閣府の男女共同参画局ともあろう部局が、つまりは、国の部局であるからして、憲法の「法の下の平等」「個人の尊重」は、直接支配として当然あるはずだろうし、男女共同参画社会基本法三条に則り、「男女の個人としての尊厳・男女の人権の尊重」を実践すべきはずの内閣府男女局が、あのような、男性軽視の、無視の「指針(案)」を作成したこと自体が、今も信じられないのである。「男女共同参画という美名に彩られた部局がそんなことをするはずはない」という無条件の信頼が、以前の私にはあったが、それが全て瓦解するような経験であった。

 しかも、最近になって気づいたのであるが、平成24年(2012年)版男女共同参画白書には、既に、女性だけではなく男性にも、プライバシ−への配慮を強く求める被災者がいたことを示すアンケ−ト結果があったのである。私はそれを、記事「内閣府男女共同参画局調査課へ(その1)」の中に記したが、改めて要点を書けば、次の通りである。

   @ 「災害直後からの避難所での生活について困っていること」として、「プライ
    バシーが確保されていない」ことをあげた被災者は、女性で39.0%であるが、男
    性でも30.7%存在する。
   A 「備蓄や支援物資に対する要望」では、「プライバシ−間仕切り」の要望件数
    が、女性で29件、男性で27件となっている。

 要するに、数値として若干の差はあっても、プラバシ−への配慮を求める気持ちは、女性限定ではなく男性にも存在する。このようなアンケ−ト結果が既にあったにもかかわらず、男女局は、男性への配慮を捨象して「指針(案)」の「避難所」の項目を作成した。酷い話である。本来ならばプライバシ−への配慮は、アンケ−ト結果がなくてもなされるべき人権上の必須の配慮と考えるが、男女局は、アンケ−ト結果があってもなお、男性への配慮を捨象したのである。全くそれは、私の感受性からすれば、男性を人間として見ていないかのようなハラスメントなのである。

 尤も、「指針(案)」の初めの総論的部分、災害対応に際しての「基本的な考え方」を示した部分には、とりあえず、p.4に、次のような文章【引用1】はあったのである。

   【引用1】 避難生活において人権を尊重することは、女性だけでなく、男性に
       とっても必要不可欠であり、どのような状況にあっても、一人ひとりの
       人間の尊厳、安全を守ることが重要である。

 この文中の「女性だけでなく、男性にとっても」という奇妙な表現は、完成指針では「女性にとっても、男性にとっても」に書き換えられるが、「どのような状況にあっても、一人ひとりの人間の尊厳、安全を守ることが重要である」という部分については、まさにその通りと感動の極みなのである。ところが、各論を読み進めれば進めるほど、この美しい理念は姿を消し、女性限定あるいは女性優遇の配慮ばかりが目立つようになっていたのである。

 しかし私は、内閣府男女局の人たちが、全てこのような女性限定優遇配慮の発想をするとは思っていない。2011年の12月には、記事「裏切りの男女共同参画」に書いたようなBさんとの出逢いがあったし、指針案提示以後も、男女局への問合せをする中で、男性を軽んじるスタンスに疑義を呈する職員の方たちとの出逢いがあった。しかし、男女局の中では、このような、基本法三条に則った正論は市民権を得られないのではないかと感じる。上の【引用1】と、男女局の災害対応の間に存する不整合、基本法三条との乖離の主因は、良識ある職員の方たちの不存在ではなくて、上からの圧力、或いは既に男女局の中で支配的となってしまった男性差別是認の同調圧力にあるのではないかと、今の私は感じている。

(2) 再び、「裏切りの男女共同参画」

 災害対応を素材として記事を書いているが、問題はそれだけにあるわけではなく、男性軽視は、内閣府男女局の施策全体にあると私は感じている。局所的な一部には男性に対する配慮もないわけではないが、しかし、総じて言えば、施策は、男女平等実現を逸脱して、女性優遇配慮に強く傾斜する傾向にあり、男女双方の人権を視座に据えた誠意ある職員も、その奔流に巻き込まれざるを得ない状況になっていると感じる。最近は、男女局内部で行われている研修についても、その内容が気になるのである。もしかするとそこには、新任の人達への洗脳教育が存在するのではないかと、私は強く危惧するのである。

 今後は、災害対応だけではなく、積極的改善措置(ポジティブ・アクション)や健康支援等も取り上げたいと思うが、内閣府男女局には、女性優遇を非常に巧みに正当化しようとする利益誘導的作為、或いは詭弁が存在すると感じる。そして推測ではあるが、その背後には、知的レベルが高く、非常に自己中心的な活動家の存在があるように思う。それは、過去の女性差別への報復であると、そういう見方はあるのだろうが、しかしそれはまた、新しい報復の連鎖を生むだろうと私は思う。


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