2013年08月12日

トイレの男性差別 (1)

               (修正・加筆:2020年4月25日)

排泄や、着替えや、入浴に関わる差別は、
強いストレスを与え、怨恨を生む。
それは、人間としての尊厳を傷つけ、踏みにじることだ。

以前、医療系の本で、
患者の羞恥への配慮について、
ある女性看護師が述べた文章を読んだことがある。
彼女の発言に、性差の視点はなく、
彼女は、羞恥心の強さは「人によって」違うと書いていた。
私は、その、羞恥の強さを個性に帰する文章に、
救われる思いであった。
彼女は、患者が男性であるからといって、
配慮を軽んじるような看護師ではなかった。

私が今通院している皮膚科医院は、
上半身の一部でも、裸出しなければならないときは、
看護師が必ずカ−テンを引く。
私は、その配慮に感謝している。

私が通院している、ある消化器系の病院は、
男性トイレの小便器の間に、隣が見えない境界を作っている。
私はここで用を足すとき、いつも思うのである。
人目を気にしなくて済むのは、こんなに楽なことなのか・・・・・と。

しかし私たちの生活を広く見れば、
日常であろうが、災害対応の如き非日常であろうが、
このような配慮は、
男性に対しては、脆弱、或いは不存在の場合が非常に多いのであって、
男性の羞恥心は、軽んじられている。
羞恥は男らしさに反するというような価値観が、
羞恥に敏感な男性を恣意的に切り捨て、
同調圧力を伴いながら、男性を呪縛している。

ところで、災害時の避難所での、更衣に関わる男性差別は、
「男女共同参画の視点からの防災・復興の取組指針(案)」の内容として、
記事「裏切りの男女共同参画」の中でも取り上げたが、
男性軽視は更衣に限らず、例えばトイレの設置についても、
「指針(案)」の中に、下記Aのような表現として存在していた。
それが、「スフィア基準(下記@)」の、単なる読み間違いであったのか、
或いは、男性用小便器設置の記述があることを知っていながら、
あえてそれを切り捨てたのか、
私に知る由などあるはずもないが、
私は、その、男女局が設定したトイレ設置数の男女比(下記A)に
大変なショックを受けたのであった。

この、避難所でのトイレ設置の件に関わって、次の4点を具体的に記す。
 @ スフィア基準本文。
 A 修正前の、指針(案)、及び、解説・事例集(案)の本文。
 B 案が修正され、完成した指針、及び、解説・事例集の本文。
 C AとBの比較
 D Aの内容について、私が内閣府男女共同参画局に送った意見書からの引用。(ただ
  し、これを書く時、私の手元にスフィア基準本文はなかった。)

@ スフィア基準本文・・・・・インターネットで「スフィア・ハンドブック2011年版(日本
          語版)」を検索し、これを読み進めると、記事途中のクリックで、
          「日本語版」のダウンロードが可能。この日本語版の 101ページに
          は、次のように記されている。
    2.:公共の場所では、トイレは定期的に適切な方法で清掃、維持するシステムと
     ともに提供される。分類された被災集団のデータを利用して、女性用と男性用
     のトイレの個室数の比率が 3:1となるように計画する。可能であれば、男性用
     小便器も設置する(「付記3:災害状況下での公共の場所および施 設における
     最低トイレ数」参照)。

A 修正前の、指針(案)、及び、解説・事例集(案)の本文。

  指針(案) p.12 下から4〜2行目・・・・・トイレの設置数の割合は、できるだけ男性:女
          性=1:3となることが望ましい。また、ユニバ−サルデザインの
          トイレも併せて設置することが望ましい。
  解説・事例集(案) p.28 ・・・・・トイレは、安全面から、男女別に設置することが必要
          です。その数は、男女比を1:3とすることが国際的な基準(スフ
          ィア・プロジェクトに基づく)とされていることも踏まえて設置す
          ることが望まれます。

B 案が修正され、完成した指針、及び、解説・事例集の本文。

  指針 p.12:4〜6行目・・・・・仮設トイレは、男性に比べて女性のほうが混みやすいこ
          とから、女性用トイレの数を多めにすることが望ましい。また、ユ
          ニバ−サルデザインのトイレを最低でも1つは設置するよう検討す
          ること。
  解説・事例集 p.29 ・・・・・男性に比べて女性の方がトイレの所要時間が長いことなどか
          ら、国際的な基準(スフィア・プロジェクトに基づく)では、トイ
          レの個室数の比率が男性:女性=1:3となるように計画し、可能
          であれば、男性用小便器も設置することが推奨されています。

C AとBの比較・・・・・Aに欠落していた「男性用小便器の設置」が加筆され、指針も解
          説・事例集も修正された。しかし、スフィア基準本文の「可能であ
          れば、男性用小便器も設置する」の、「可能であれば」は削除すべ
          きだろう。東日本大震災であればあの3月の寒さの中で、西日本豪
          雨であればあの豪雨の中で、男性が外で小用を強いられるのは、人
          権上の配慮として問題があるだろう。併せて、避難所周辺の衛生管
          理からも、外での排泄は不適切だろう。

D Aの内容について、私が内閣府男女共同参画局に送った意見書からの引用。(ただし、
 これを書く時、私の手元にスフィア基準本文はなかった。)

 トイレの設置に関しては、指針(案)の比「男性:女性=1:3」が、あまりにもショックであったために、私は、憤りから、意見交換会では、あえて「1:1にしてほしい」と発言した。女性はトイレに時間がかかるという認識は私にもあるが、設置比「1:3」は、男性の排泄の場の確保とプライバシ−に対する配慮という点では、あまりにもひどすぎるのではないか。私は、女性の多い場所で生活することが多い。たとえば、私は、週に4回、モダンバレエ・ジャズ系のスタジオでダンスのレッスンを受けているが、レッスンの合間の、女性のトイレの所要時間を振り返ると、女性に生理があることを、それに加味しても、所要時間に1:3の開きはないと感じる。意見交換会終了後、ある女性が私に近づいてきて、こう言った。「トイレの所要時間は、男性:女性=3:5ですよ。だから1:3にまでする必要はないと思うけれどね・・・・・」。指針(案)の男女比「1:3」は、男性に対して、「小用は外でしろ」と強要するような、ジェンダ−ハラスメントであると私は感じる。

 私自身の感受性について書かせていただければ、東日本大震災のとき、私の居住地でもガソリンを入れるのが困難となり、私は、道路で約半日間待たされて、ようやくガソリンを入れたが、待つ間、付近に民家しかなくなり、小用に非常に困ったことがあった。私は、車を降りて周囲を走り回り、ある墓地の、周囲を囲む高いブロック塀の、人からは絶対に見えない場所にたどり着いて、ようやく小用を足したのである。そういう感受性の男性の人権を、どのように考えるかという問題だと思う。意見交換会の当日配られた「解説・事例集(案)」の28ペ−ジの欄外には、トイレの設置比「男性:女性=1:3」について、それが「スフィア・プロジェクト」による国際的な基準であるとの記載があるが、私の排泄に関わる感受性からすれば、「1:3」が妥当である根拠など全くない。比は「3:5」に是正されるべきである。

 プライバシ−、或いは羞恥に対する感受性は、「男性は」「女性は」というような二項対立的単純化では説明しきれない。感受性は多様であり、グラデ−ションを形成しながら存在する。「性による違い」などという単純化の視点は、必ず、私のような男性に対する人権の軽視・無視・人権侵犯を発生させる。その苦痛を鑑み、軽率な判断は絶対に謹んでほしいと要望する。指針(案)の「ユニバ−サルトイレ」の設置には、「性的マイノリティ−に対する配慮」もあると、解説・事例集(案)に記されている。しかし、私のような感受性の男性に対する配慮はどこにもない。「私のような男性」の人権は無視されているのである。この理不尽な事実に対して、日本国憲法直下にある男女共同参画局として、責任と愛のある対応を強く望む。


  
posted by 翠流 at 12:41| Comment(11) | トイレの男性差別 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。
初めてコメントします。

男性と女性では羞恥心に差があります。
一般的に男性の方が羞恥心が弱い傾向にあります。
なぜそのようなことになるのか考えてみたのですが、翠流様はどのようにお考えでしょうか?

私は、男の子と女の子の育て方の違いが最も大きな原因ではないかと思います。
生物学的に男性の方が羞恥心がなく育つことがあるとすれば、男性の方が力があること、性器の形状の違いが原因である気もします。
Posted by xavi at 2013年08月18日 20:29
xavi様。
 私は、このブログの別の記事でも発言していますが、基本的には、人間を男性と女性に分けて、その「違い」を論じようとする二項対立的な考え方は好きではありません。なぜなら、私の願うところは「人権の尊重」だからです。二項対立的な視点で、男性と女性の平均的な違いを説明すると、平均から離れた位置にいる人は疎外されるのです。私には、そのつらさ、苦しみがわかります。二項対立論は、私のような人間にとっては、人権軽視、人権無視、人権侵犯なのです。
 ところでxavi様は、「男性と女性では羞恥心に差があります。一般的に男性の方が羞恥心が弱い傾向にあります」とおっしゃっていますが、必ずしもそうではないということを、私はいずれ、このブログに書くことになるのではないかと思います。
Posted by 翠流 at 2013年08月19日 02:57
 続けます。xavi様のコメントにある「男の子と女の子の育て方の違い」については、私は、記事に書いたような視点で関心を持っています。改めて書けば、次の通りです。

    羞恥心を持つのは男らしさに反するというような、不当な価値観や、
    その価値観の押しつけも存在する。
    感受性は多様であるのに、
    個人の感受性の強さとは無関係に、
    男性であるが故に与えられる、不当な性的偏見。
    そして、それに基づく、人権の無視、軽視、人権侵犯。

Posted by 翠流 at 2013年08月19日 03:12
>>必ずしもそうではないということを
これは理解しています。
私も男性の人権軽視をよく思っていません。

「男性と女性では羞恥心に差があります。一般的に男性の方が羞恥心が弱い傾向にあります。」の「一般的
に」というのはそのような人が多いという意味で使いました。
実際、仇討の湯(女性から男湯が丸見え)、トイレや銭湯への女性従業員の侵入、男性の裸祭りなどは、多
くの男性の羞恥心が弱いから成り立っているものです。
嫌だと言えずに従っている男性も中にはいますが少数派ではないでしょうか。

私はそれほど性的羞恥心はありません。たぶん学校教育などのせいでしょう。
しかしプライドはあります。
女性は良いけど男性はダメだみたいなものを認めるわけにはいきません。

このことに関して他の男性はどのように思っているのか知りたくてググってみたところ、男性差別関連のブ
ログを見つけまして、そこのコメント欄から翠流様のブログにたどり着きました。
Posted by xavi at 2013年08月20日 21:14
xavi様。
 もしもあなたが性的羞恥心の弱い男性であるならば、性的羞恥心の強い男性のプライバシ−に対する配慮を忘れないように、心がけてください。私が男性更衣室(2)に書いた、鈍感な支店長のようにはならないでください。ところで、私の居住地に近いある個人病院の院長は、地方新聞の記者との対談の中で、次のように言っています。「昨年の一年間のデ−タでは、男女の患者さんの比率は 11:9 です。男性が女性より若干多い程度です。印象としては、若い人の場合、女性よりむしろ男性の方が恥ずかしがっているように思います」。この院長の診療科目は、書きたくないですが書いてしまえば、肛門科です。11:9 という比をどう見るかという問題はありますが、xavi様は男性の羞恥心を軽く見過ぎているのではないかと思います。また、内閣府男女局の震災関連のデ−タによれば、避難所で「プライバシ−が確保されていない」ことに困っていると答えた人は、女性で39.0%ですが、男性でも30.7%となっており、決して少なくはないのです。(続く)
Posted by 翠流 at 2013年08月21日 17:57
 上記のことも含めて、これからの記事で、再び取り上げることがあるかと思いますが、私自身の感受性について補足すれば、私は、以前勤めていた職場では、職員室の隣にある男女別のトイレは、緊急時以外は使用しませんでした。理由は、男性用小便器が近接していて、境界がないからです。私は、少し離れたところまで歩き、比較的広くて使用者の少ない男性トイレを使っていました。また、私は、洗濯物を干すときは、下着はすべて部屋干しです。私は今の居住地に来て20年になりますが、自分の下着を、外から見える場所に干したことはただの一度もないのです。私はお洒落ですから、ふだんは、上半身は下着を着ません。冬の寒い時にはTシャツを着ることもあって、それは干しますが、スラックスの下の一枚の下着は絶対に干さないのです。もう少し書きます。「仇討ちの湯」なるものには私は入りません。「女性従業員」の件については「男性更衣室」の記事に書いた通りです。「裸祭り」については、続けて次のコメントに書きます。
Posted by 翠流 at 2013年08月21日 18:09
 「裸祭り」については、参加の強要はないと思いますが、あれば私は何らかの法的措置をとります。ただ、「裸祭り」の場合は、一方で強い羞恥心を持ちながらも、別の感性から、参加したいと思う人がいるかもしれません。たとえば、以前、私は、祭りのポスタ−で、和太鼓を打つ褌姿の男性の後姿の写真を見たことがありますが、洗練された体型で、きれいでした(ことわっておきますが、私は同性愛者ではありません)。そういう男性の中には、いや、そうではない男性であっても、着替えのときはプライバシ−尊重を強く求める一方で、しかし、裸祭りには参加したいと思う人がいるかもしれません。私は、既にこのブログにも書きましたが、モダンダンス(モダンバレエ)を習って長くなります。私は、美しさを逸脱する衣装は着ませんが、羞恥心とは別の感性として、私には、美しければ肌を見せたいという思いがあるのです。以前、確か新進舞踊家公演だったと思いますが、若い男性ダンサ−の、裸体に近い美しい姿を見て、私は羨望を感じたことがあります。そういう心理は、羞恥心が強くても、別の感性として存在します。
Posted by 翠流 at 2013年08月21日 18:43
>男性と女性では羞恥心に差があります。

これは、「感覚的には正しい」と思われますが、「科学的に正しい」かどうかは、科学的データがないと何とも言えません。

まあ、「感覚的には正しい」として、もちろん、あくまで「一般論」なわけですから、「男女で線引きする」というのは、おかしな話です。何しろ、女性にも、男性にも、たとえ、その割合が違っても「羞恥心の強い人」はいるわけですから、「女性だけ善処する」というのは、「女性優遇」=「男性冷遇」=「男性差別」と見なされるでしょう。

Posted by ドクター差別 at 2013年08月30日 23:04
こんにちは、はじめまして。
虹蝸というものです。

トイレでの男性差別とのことで、
興味があったので書き込みします。

私は公立の高校に通っていたのですが、
そこでは、男子のトイレの入り口には扉がなく、
女子トイレの入り口には扉があるという、
わけのわからない事をしていました。
普通、扉をつけるのであれば、
立って排尿し、外から丸見えの男子のほうにつけるのが正しいのではないでしょうか?

また、私の通っていた公立高校というのは、工業高校なのですが、女子更衣室は存在するのに、男子更衣室は存在しないんです。
ですから、混みまくりの細い通路で着替えさせられ、
当然、丸見えです。
女子はその上の階に女子更衣室があるので、女子が上に上がるさい、こちらをみようと思えばみれるわけです。
これが逆だったら間違いなく許されないんでしょうけどね。

公立高校ですら、これなのですからフェミの洗脳というのは、かなり広がってるんでしょうね。
無意識のうちに「当たり前のこと」として、
どんどん広がってるんでしょうね。
Posted by 虹蝸 at 2013年09月07日 11:59
虹蝸様。
 まず、更衣室の件ですが、私なら、地方法務局の人権擁護課に出向いて、人権救済の申し立てをするような事案です。要するに、「男性に対する不当な性的偏見に基づく人権侵犯」です。
 私の知識の範囲で、もう少し詳しい発言をさせていただきますが、男女共学の普通高校であれば、基本的には、すべての高校に、男女別の更衣室があるはずだと思います。ただ、かつては生徒のほとんどが男子であった工業高校のような場合は、時代の変化(女子生徒の増加)に、施設の拡充が追いつかず、男子が教室(HR)で着替えるような高校はあるかもしれません。しかしそれにしても、「混みまくりの細い通路で着替えさせられる」というのはひどすぎる話で、校長や職員の対応が批判されるべきです。私なら、絶対に放置しません。
Posted by 翠流 at 2013年09月08日 10:50
虹蝸様
 続けてトイレの件について発言します。おっしゃることは非常によくわかります。男子トイレの入り口にも、絶対に扉をつけるべきです。ただこの件については、非常に難しい問題がある。具体的には(学年や学校によって異なると思いますが)、男子トイレの中で喫煙などの問題がおこる場合がある。もしも、そのようなことが、虹蝸様の高校であったとするなら、先生方も、扉の件については、苦慮していたのかもしれません。しかし、プライバシ−に関わる問題ですから、先生方には工夫をしていただいて、男子生徒のプライバシ−を守ることができて、しかも、中でおこる問題がわかるような扉、あるいはトイレ内の構造を作っていただかなければならないと思います。働きかけ方は、校内では、理解のある先生への働きかけ、或いは、署名活動等を含む生徒会活動などがあると思いますし、校外については、前述の法務局等があります。
Posted by 翠流 at 2013年09月08日 11:14
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