2013年07月26日

容貌差別

 6年前だったと思うが、ダンス(ソシアルではない)の発表会のとき、男性楽屋に、小学生の男の子の母親が居座って、私は着替えができなくて困ってしまった。男の子がいる手前、席を外してくれとも言い出しにくく、仕方がないので、私は、トイレに着替えに行ったのである。そうしたらそこに、東京からゲストで招かれた男性がいて、既に着替えを始めていた。彼はクラシックバレエを踊る予定のダンサ−であったが、彼も私も大変迷惑をした。男性楽屋に居座った女性は、全くデリカシ−のない女で、男の子に向かって、「男は顔じゃない、男は顔じゃない・・・」などと、何回も何回も繰り返しているのである。その発言のジェンダ−ハラスメント。私が男の子なら、生涯、母親に対する怨恨がつきまとうだろう。 
 ところで、2年前、新聞に嬉しい記事が載った。男性の容貌に対する差別が、裁判で解消されたというニュ−スである。勝訴したのは37歳の男性。彼は21歳のとき「高温で溶けた金属を顔や首、上半身に浴び、瀕死の重傷を負った」が、男性であるが故に、障害等級で顕著な差別を受けていたのである。しかし彼は裁判で勝訴した。厚生労働省はこれをきっかけに、障害等級の見直しに着手し、男性差別は解消された。男性の名前はわからないから、今回もまた、X(エックス)さんでいいですか? Xさん、裁判に勝てて、本当に良かったですね。女性優遇ばかりが目立つ今の日本で、心安らぐ嬉しいニュ−ス。時には幸(さち)のある子のように・・・・・・。裁判で代理人を務めたのは、糸瀬美保という弁護士だった。「美保」さんだから女性なのかな? 弁護士さんが女性だったから、なぜかよけいに感動してしまった。もしかすると、これが本来の、あるべき姿の「男女共同参画社会」?

その新聞記事は次の通り。

【2011年7月27日 読売東京 朝刊 生活B 12版 22頁】
             医療ルネッサンス No5130 見た目の悩み 「補償の男女差 解消へ尽力」

 今年、「見た目問題」を巡り、国の制度が大きく変わった。仕事中の事故で大やけどを負ったある男性の訴えが実を結んだ。
 2010年5月27日、東京地裁で言い渡された民事訴訟の判決。労働災害で顔に傷が残った場合、補償の程度を決める障害等級が、男性は女性より低く設定されている国の基準は「法の下の平等を定めた憲法に違反する」との判断だった。男女差に納得いかなかった京都府内の男性(37)が、国を相手取って起こした裁判。国は控訴せず、判決は確定した。
 男性は21歳だった1995年、勤務していた工場で、高温で溶けた金属を顔や首、上半身に浴び、瀕死の重傷を負った。命を取り留めた後も、重いやけどを治療するため。皮膚移植などの手術やリハビリを繰り返した。事故の恐怖がよみがえるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状にも苦しめられた。「楽しいはずの20代を治療だけに費やした」という。
 これ以上、治療による改善は望めないというところまで来た29歳の時、主治医がつぶやいた言葉が、制度に疑問を持つきっかけになった。「こんなになったというのに、この障害等級は低すぎる」。
 労災保険法の施行規則は、障害が重い順に1〜14級に分類。顔などに重い傷が残ると、女性は7級となり、平均賃金の131日分が年金として毎年支給されるが、男性は格段に低い12級で、156日分の一時金のみとなっていた。女性のほうが受ける制約大きいと見なされていたためだ。
 「男だってつらいのは同じ。仕事を見つけるためにすごく苦労したし、女性に対して消極的になってしまい、彼女をつくる気持ちにもなれなかった」と、男性は訴える。
 見た目だけでなく、体やのどのやけどの後遺症で首が動かしにくかったり、せき込みやすかったりすることもあり、正社員の仕事はなかなかなく、アルバイトでしのいだ時期もあった。やけどの痕を隠すため、人前では夏でも長袖で過ごす。「今頃は結婚して子どももいて、家族で海や温泉に行ったり、楽しく暮らしていたかもしれないのに」。
 厚生労働省は、この判決を機に障害等級の見直しに着手。今年2月から格差は撤廃され、男女いずれも7級に統一された。
 「だれかが勇気を持って声を上げなければ、制度は変わらなかったでしょう」。裁判で代理人を務めた糸瀬美保弁護士は語る。
 男性は「裁判はつらい体験を思い出さなければならない苦しい作業だった。でも、逃げないでよかった」と振り返った。
posted by 翠流 at 00:50| Comment(5) | 人権擁護への思い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
すごくいい話ですね。こんな差別が昔あって今は撤廃されたをテーマとして取り上げていただくと凄く勉強になります。一度改善がされると、昔は忘れてしまうので、また一つ差別に関して知識が深まりました。ありがとうございます。誰かが勇気をもって、まさにその通りですね!僕もこの気持ちを胸に、京成電鉄に任意確認電話を実施したいと思います。素晴らしいブログありがとうございました!
Posted by 任意確認電話 at 2013年07月27日 10:44
任意確認電話様。
コメントいただき感謝です。
励まされて、私もまた、時には幸(さち)のある子のように・・・・・
あ・・・・・ ちがった・・・・・ 私はいつも幸せでした。
Posted by 翠流 at 2013年07月28日 07:48
「男女」に関しては、本当に「ダブル・スタンダード」が多いですね。まあ、日本は何かにつけ、「ダブ・スタ」があるわけですが、それにしても「ひど過ぎ」ます。

この「容姿」の件もひどいですが、その前の「更衣室」の件も、それが「女子更衣室に父親が入ったら、どうなるか?」と想像すれば、わかるはずなんですがね。そういう「想像力」が(一部)女性や「似非フェミニスト」は欠落しているのでしょう。

要するに、「差別に気づかない」、「差別を差別と思わない」という人たちがいるから、「差別」が蔓延る、というわけです。とくに、役人の「無神経」には腹が立ちますね。
Posted by ドクター差別 at 2013年07月29日 00:19
ドクタ−差別様。
コメントありがとうございます。
「ダブル・スタンダ−ド(二重規範)」という言葉、学ばせていただき感謝です。
ウィキペディアのコピ−でしかないのですが、
自分の学びのために、その一部を引用・記録しておくことにいたしました。

 二重規範(にじゅうきはん)とは、類似した状況に対してそれぞれ異なる指針が不公平に適用されること。ダブルスタンダードとも。この概念は、すべての状況が同じ指針の適用を受けること(単一規範)を理想とする立場から使用される[1]。活字には遅くとも1895年には登場していた[2]。二重規範の端的な例は、ある概念(例:言葉・文・社会的規範・規則など)を一方のグループに対して適用することは許容され、もう一方のグループに適用することは許容されない、あるいはタブーとみなされる事である。
 したがって二重規範とは、万人が平等に自由を享受する原則が特定のグループに対して偏って道徳的に不公平な形でねじ曲げられる事だと言える。このような二重規範は「法の下の平等」を謳った現代法の基本原理に反するので不当である。また、二重規範は個々人それぞれに違った基準を生み出すので、あらゆる基準は社会階級・地位・民族・性別・宗教・性的嗜好・人種などに基づく主観的な偏見・偏愛に拠らず全ての人に同じように適用されるべきだとする公平無私の原則にも反する。
 
 ダブル・スタンダ−ドに苦しめられている自分を意識します。男女の枠を越えた多様性の存在を根拠として、ダブル・スタンダ−ドを批判し、その罪性、差別性を告発します。というような表現でいいのかな? でも、本当に、公平無私の原則に救われたいですね。

 ところで、「役人の無神経」に当てはまるかどうかはわかりませんが、例の「防災・復興の取組指針(案)」に見られた、男性に対する人権無視には、今もあきれるばかりです。これからも内閣府で同じようなことがおこるとすれば、それは、私にとっては恐怖なのです。
Posted by 翠流 at 2013年07月29日 09:33
こちらとしては、「ダブル・スタンダ−ド」という言葉をそれほど厳密に使ってはいないのですが、現状を見るにつけ、「男女間」には、この「ダブ・スタ」が確実に存在する、しかも、かなり広範囲に、かなり根深く存在する、と言えるでしょう。

おそらく、それは、男性の「女性=弱者」という思い込み、勘違いが主たる原因の1つである、と思われます。もちろん、(一部の身勝手な)女性にも「責任」があるでしょうが、それを許容する男性がいなければ、「ダブ・スタ」は成立しません。日本には「女性に甘い男性」がかなりいる、それが「女性優遇」、「女性優先」を許す結果になっているのでしょう。
Posted by ドクター差別 at 2013年07月29日 21:44
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