2013年05月29日

裏切りの男女共同参画

眠られぬ夜

 今年の3月下旬のことであるが、内閣府の男女共同参画局が公開した 「防災・復興の取組指針(案)」、詳しくは「男女共同参画の視点からの防災・復興の取組指針(案)」の内容が、特にプライバシ−等の人権に関わる問題について、男性に対する配慮を あまりにも欠いていたために、私は、しばらくの間、そのショックから抜け出すことができず、「いのちの電話」の頻回通話者となっていた。酒を飲みながら、つながらない「いのちの電話」に、くり返しくり返し電話をかけ、数時間の浅い眠りの後に、また同じことをくり返す。運良くつながるも、相談員の対応に満足できず、白々と夜が明けるまで 電話をかけ続ける日々が続いた。この間、もしかするとこのストレスによる疲弊もまた発病の一因となって、私は食事がとれなくなり、わずかの期間に体重が4s減った。このような痩せかたをしたのは、私には初めてのことである。指針案の具体的な内容については、この文章の後半で触れるが、月があけて1週間程経って、私はようやく疲弊から抜けはじめ、男女共同参画局に、指針案に対する意見を送れるようになった。最後の意見を送ったのは、締切の前日である。

 ところで私は、つい最近まで、「男女共同参画」を、好ましい言葉として捉え続けてきた。私は、社会に存在する多様な人たちの人権が、憲法第14条と第13条に則って、或いはそれ以前に、人間としての平等の観点から、最大限に尊重される社会にならなければならないと考えてきた。だから私は、自分を男女平等論者と言ってよいのである。そして私は、この位置で捉えた「男女共同参画」という「美しい言葉」に、憲法に背く、いやそれ以前に、人間としての倫理に背く、男性差別が隠されているなどとは夢にも思っていなかった。ところが、いずれ書くことになるきっかけから、私は男性の人権擁護に取り組む団体を探して、ある団体にたどり着き、「ポジティブ・アクション」という名の男性差別を知るようになる。もしもポジティブ・アクションが、たとえば、女性の就労支援のための、保育環境の整備のようなアクションであるならば、それは必要なことなのである。ところが、とりあえず似非フェミニストと表現しておくが、そういう人たちが行おうとしているポジティブ・アクションは、採用や昇進にあたって、女性優遇の、つまりは男性差別の選考を企図するアクションであって、実はもう、それは、既に行われてきたことのようでもあるのだ。例えば、「女性国家公務員の採用・登用の現状等:人事院」
http://www.jinji.go.jp/saiyoutouyou/sankoushiryou/III.pdf#search='www.jinji.go.jp%2Fsaiyoutouyou%2Fsankoushiryou%2FIII.pdf'
に記されたグラフ、「T種試験事務系(行政・法律・経済)区分の申込者・合格者・採用者に占める女性の割合(昭和63年から平成22年まで)」を見ると、平成13年以降、採用者に占める女性の割合は、毎年、明らかに、合格者に占める女性の割合より高くなっている。従って、この事実から、採用に関わる面接等の段階で、関係各省庁が、女性優遇、つまりは男性差別の選考を行ってきた可能性を指摘できる。

 似非フェミニストたちは、過去の女性差別を言い訳にして詭弁を弄し、ポジティブ・アクションの女性優遇を、男性差別ではないと正当化しようとする。しかしたとえば、採用試験の結果が、合格や採用のラインに達している男性が、「男性である」という理由によって不合格や不採用となり、ラインに達していない女性が、「女性である」という理由によって合格や採用になるとすれば、それはまさに、裁かれるべき不正入試と同じではないのか? ましてや今は就職難の時代、昨年の春、「就職活動に失敗して自殺する学生が増えた」という警察発表のニュ−スが流れたが、その8〜9割が男性なのである。この事実が、たとえポジティブ・アクションと無関係であったとしても、自殺の道を選んでいった男性は、口には出さなくても、「男」である責任を重く背負っていたのではないかと私は思う。そういう男性の特性を思うとき、私には、女性優遇採用としてのポジティブ・アクションが、二重の罪を背負う存在に見えるのである。しかし今の日本には、既に、このアクションが、政治戦略としても利用されるようになってしまった現実があると思われ、それが、一層重く心にのしかかるのである。過去の女性差別の責任を、女性優遇、男性差別という形で、現在の男性に負わせるポジティブ・アクション。それは、「時空を越えた連座制」であって、差別の加害者ではない現在の男性に対する加害性を持つ。そしてそれは、差別撤廃運動の過程で現れる逆差別そのものであって、「報復の連鎖」を、是認、誘発するアクションだと思う。

 もう一つ、最近気になっていることがある。それは、内閣府「男女共同参画」局の分野別予算(http://www.gender.go.jp/about_danjo/yosan/index.html#yosan_24)。健康支援としては唯一の分野項目である第10分野は、その名称が「生涯を通じた女性の健康支援」となっており、男性に対しては、これに相当する健康支援の分野項目は存在しない。10分野の小項目には「生涯を通じた男女の健康の保持増進」があるが、ここには、23年度も24年度も予算は計上されていない。10分野の予算額は、平成23年度が約600億円、24年度が約450億円(表中の数値の単位は千円)。小項目の中には、男女双方に関わる「エイズ対策」や、乳ガン・卵巣ガン・子宮ガンと併せて前立腺ガンも対象とする「ガン検診推進」はあるが、しかし予算の大部分は、「男女共同参画局」と言う名の部局が、あたかも「女性支援センタ−」であるかの如く、妊娠出産や女性生殖系のガン検診推進のような女性支援に費やされており、例えば国民の死亡原因の第1位である悪性新生物、その1位から4位までを占める男性のガン(肺ガン・胃ガン・大腸ガン・肝臓ガン)等に直接関わる健康支援は、全く存在しないのである。短命が男性の生物学的宿命なのか否かは知らないが、男性が抱える健康上の問題を考慮すれば、この分野別予算の健康支援は、「男女共同参画」という名の部局にしては、女性支援に偏りすぎていると言えるのではないか。仮に、厚生労働省内の、今までの予算措置に不備があり、以前から「生涯を通じた女性の健康支援」に取り組んできた母子保健課が、冷遇されてきたというような事実があるのならば、その不備の補填としての第10分野の内容は理解できるが、果たして、厚生労働省の予算に、そのような不備があったのだろうか?

 男女共同参画局は「女性支援センタ−」という名称ではない。「男女共同参画局」なのである。それなのに、なぜ女性に対する支援ばかりが目立つのか。それともこの名称は、男性差別の女性支援を、男性に受け入れさせようと企図する、そういう意味の男女共同参画なのか? 私はといえば、「男女共同参画」という「美名」と、その内実の落差があまりにも大きいために、その名称を、女性優遇、男性差別の隠蔽工作とまで思うようになってしまった。

 「防災・復興の取組指針(案)」に戻れば、仮に私が被災して、避難所にたどり着いたとき、女性には更衣室が用意されているのに、私に対しては、「あなたは男性だから更衣室はない」と言われれば、私は、そう伝えた人間を殴るかもしれないと、ある地方法務局の人権擁護課の新任課長に言った。そのとき課長は、尤もらしい顔をして私に言った。「○○さん、どんなことがあっても、暴力は絶対にいけないんですよ・・・・・」。人の心を受け止める術を知らない新任課長。あなたが「人権擁護課」の課長であるならば、もっと選ぶべき言葉があったはずなのに・・・・・。被災という極限状況の中でたどり着いた避難所で、女性だけに更衣室が与えられて、私は、自分が男性であるが故に、上半身でも嫌なのに、下半身までも、更衣室のない状態で着替えをしろというのか。それで、人間としての尊厳が守れるというのか。私は男性であるが故に、尊厳が守られなくても我慢をしろと言うのか。人間の感受性は、男性と女性を二項対立的に捉えるような、単純化された論理で説明しきるものではない。感受性は、性的マイノリティ−の人たちの個性だけではなくて、ほかの人たちの間にもグラデ−ションを形成しながら、多様性として存在する。男性の中には、更衣室がなくても平気で(?)着替えができるような人がいるのだろうか? しかし少なくとも私はそうではない。私のような男性のために、男性更衣室を作ってほしい。更衣室は勿論、女性の犯罪被害防止だけのために作られるものではない。更衣室は本来、プライバシシ−を守るために、人間としての尊厳を守るために作られるものだ。もしも私が、そういう思いを、男性であるが故に我慢しなければならないとすれば、それはまさに、不当な性的偏見に基づくジェンダ−ハラスメント、人権侵犯という暴力ではないのか?

 それにしても、繰り返し言うが、憲法直下の、国民すべての人権を守る立場に立たなければならないはずの内閣府男女共同参画局が、どうしてあのような、避難所での、男性に対するプライバシ−「無視」の、人権「無視」の、そして、女性に対しては限りなく手厚い配慮に満ちた片目の指針(案)を、提示することができたのだろう? 指針(案)の実態は、意見交換会の日に配られた「解説・事例集」を見ればさらに歴然とする。例えば、p.73「避難所チェックシ−ト」には、「女性や子育てに配慮した避難所の開設」というチェック項目があるが、男性のプライバシ−に関わる配慮項目は完全に欠落している。また、p.72の「備品チェックシ−ト」には、「女性用下着」はあっても「男性用下着」はない。女性には新しい下着を配るが、男性は汚れたままの下着で生活しろというのか。そして、つい最近になって気づいたのであるが、p.78には、昨年の9月6日に決定してしまった「防災基本計画(中央防災会議)」があり、その「第2編、第2章、第5節−2【.避難場所】(2)避難場所の運営管理」には、もう既に、今回の指針案を拘束したと思われる文章、つまりは、女性に対しては限りなく手厚い配慮に満ちながら、しかし男性に対しては、プライバシ−、人権に関わる配慮を完全に欠落させた、片目の文章が記されているのである。私はその背後に、自己中心的な女性団体の存在と圧力を感じる。そして中央防災会議は、そういう女性団体の、男性には全く配慮しない片目の要求を、そのまま受け入れたのではないか? しかし、たとえその「防災基本計画」の拘束性を考えたとしても、男女共同参画局は、「避難所の開設」に、男性に対する配慮を付け加えることはできたはずなのである。しかし男女共同参画局はそれをしなかった。もしも、指針(案)の(案)の文字がとれた段階で、この事実に改善がなければ、私はどうすればよいのだろうか? 裏切りの男女共同参画。人権、プライバシ−に対する配慮は、人間としての尊厳に関わるというのに、男性に対しては配慮をしない男女共同参画局。その指針は、実際の被災の場面で、男性に対して、不当な性的偏見に基づく人権侵犯を発生させる。私はその「暴力」を許せない。
posted by 翠流 at 18:51| Comment(8) | 裏切りの男女共同参画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
翠流さん、ブログ開設おめでとうございます。

私も、男性のプライバシー軽視については、強い怒りを感じています。
避難所における女性専用更衣室のみの設置は考えられないです。そのように伝えた人に対して殴りかかるかもしれない気持ち、非常によくわかります。男性用更衣室を設置できたかもしれない場所に女性用更衣室が設置されていたりなんてしたときには、正直自分を抑えられる自信がありません。

防災・復興の取組指針(案)には、女性視点のみではなく、男性視点も加えた両性視点で考えてほしい旨の意見を送りました。意見が反映された新しい取組指針が発表されるのを、少しではありますが期待してます。いつ発表されるのでしょう。。
Posted by kame10 at 2013年05月29日 21:35
kame 10 様 コメントをいただき、本当にありがとうございました。私の不慣れのため、気づくのが遅れて申し訳ありません。ところで昨日、内閣府男女共同参画局のHPを開きましたところ、5月31日付で、新しい指針が公開されており、改善が見られることに気づきました、いくつかの不満も含めて、また、ブログの記事にしたいと思いますが、概ね、胸をなで下ろす思いはあります。これも、ドクタ−差別様をはじめ、差別ネットワ−クの皆様のおかげと、本当に感謝しております。kame 10 様も、意見を送ってくださり、本当にありがとうございました。これからも、よろしくお願い申し上げます。
Posted by 翠流 at 2013年06月04日 04:17
翠流様

初めまして、フェミニストのクスクスと申します。
まず男性の性的羞恥心の軽視についてはこちらとしても大いに問題だと思っておりますし、内閣府男女共同参画局を中心とする各行政機関に男性の性的羞恥心も軽視しないように要望書を郵送しておりますし、今後とも何卒宜しくお願い致します。
Posted by クスクス at 2013年06月04日 23:30
ブログ開設、おめでとうございます。
内容的にすばらしいブログ、翠流さんの思いがヒシヒシと伝わってきます。
これからますます内容を充実されて、人気のブログにしていただきたい、それが現在の歪んだ「男女共同参加」を正すことに繋がりますから。

なお、メールで送信する際は、「コメント欄」に気づかず、余計なことを書いてしまいました。
申し訳ございません。
Posted by ドクター差別 at 2013年06月05日 21:34
クスクス様 コメントありがとうございます。共感してくださる方の来訪は嬉しいものです。今日、初めてクスクス様のブログを開きましたところ、ある自治体の、放置できない記事がありましたので、早速電話で問い合わせをしましところ、幸い、担当者(男性)が、男性のプライバシ−の問題について、(珍しく?)私に近い感受性を持っている人だったので、ほっとした次第です。これからもよろしくお願いいたします。
Posted by 翠流 at 2013年06月07日 15:46
ドクタ−差別様 来訪ありがとうございます。「翠流さんの思いがヒシヒシと伝わって・・・・・」というお言葉をいただいて、癒やされています。文才のない私ゆえ、頻回の記事は難しいかと思われますが、問題意識を捨てられるはずはなく、死ぬまで(?)ブログを続けるような気もします。これからもよろしくお願いいたします。
Posted by 翠流 at 2013年06月07日 15:50
翠流様

初めまして。日蓮大笑人と申します。ドクター差別様のブログから貴ブログを知りコメントさせて頂きました。

 翠流様の仰る通り「男女共同参画」という言葉はその本性が女性優遇にあるにもかかわらず、名称策定時主に男性議員が騒がないよう巧妙に役人が命名した、と聞き及んでおります。男女共同参画社会基本法につきましても同根でございますので、これも実態は女性優遇法に他なりません。

 またご指摘のございました「男女共同参画基本計画関係予算額」も女性のみ予算措置しているのも第10分野に限ったことではなく、随所にその傾向は散見され「女性」若しくは「男女の」という表現はあっても、男性だけ独自の予算が見当たらないところがいかにも同法らしく、いかがわしさを禁じ得ません。

 そもそも現実問題として「男女共同参画局」という小さな部局が7兆円以上の予算を掌握していること自体大変不思議なことであり、この辺の既得権益から調査しなければならないと思っております。同局の見解を伺うと単に各省庁の予算を集計しただけ、との返事でありますがこのあたりも不自然な気がしてなりません。

 貴ブログは今後も拝読させて頂きたく存じますので何卒宜しくお願い致します。
Posted by 日蓮大笑人 at 2013年06月09日 21:04
日蓮大笑人様
コメントありがとうございます。
学びになるご指摘の中に、日蓮大笑人様との連帯の可能性を感じ、幸せです。
北関東の地方都市から、感謝のメ−ルを送ります。
これからも、よろしくお願い申し上げます。
Posted by 翠流 at 2013年06月10日 01:23
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