2018年03月05日

女性専用車両問題 : 男性専用車両の設置を求めて。

(2020年7月:加筆)

◆ 女性専用車両問題は様々の微妙な問題を含み、私はブログでの発言を控える傾向にあったが、主張の対立が社会的に顕在化し、マスコミが広く取り上げるようになっていたこの時期に、私も、改めて自分のスタンスを整理し、明示する必要があると考えるようになっていた。それが、この記事を書いた契機である。

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【1】 女性「専用」と名づけられた車両の、内実としての「任意性」については後で触れることになるが、鉄道会社が、痴漢被害対策として女性専用車両を導入してから、既に17年が過ぎた。この間、原田信助さんの自殺問題を含め、男性の痴漢冤罪被害の深刻さが社会的にクローズアップアップされたが、鉄道会社は、女性専用車両を全国に拡大させるばかりで、痴漢冤罪被害対策としての男性専用車両を全く設置してこなかった(注1)。これは、女性の危機には配慮するが男性の危機には配慮しないという、男性の人権を軽んじる男性差別であって、鉄道会社、特にその幹部は、社会的に糾弾されるべきと考える。私は、【7】で詳述するが、特に過密車両の中での痴漢被害対策としては、女性専用車両を上回る対策はないという判断から、その設置に賛成の立場であるが、一方で、男性の人生を破壊する痴漢冤罪被害の抑止としての男性専用車両を設置しない鉄道会社と、それを許容している日本社会の体質に、強い疑義、猜疑、理不尽を感じている。
    
    (注1)「女性専用車両は痴漢冤罪被害の防止にもなる」という主張(注2)が
       あるが、冤罪減少効果を主張しても、男女が共存する車両には常に痴漢冤
       罪被害の可能性が存在する。女性専用車両と同等の効果を期し、男性専用
       車両を設置すべきである。
    (注2)この主張の背後に、専用車両を女性限定にしたいという、女性の特権階
       級化願望の存在を感じる。痴漢冤罪の防止に言及するのならば、なぜ男性
       専用車両の必要性を提起しないのか。「女性専用車両は痴漢冤罪被害の防
       止にもなる」などと、男性にも配慮しているかのような表現を使いつつ、
       しかし発言者の本音は、女性の特権階級化願望にあるのではないかと、猜
       疑を禁じ得ない。

【2】 平等の原点に返って、利用料金と利用空間の平等性を考えれば、それだけでも、女性専用車両には不当性が存在する。男性は、女性と同じ料金を払っていながら、利用できる車両が少ないのである。このような不平等に関わって、男性が現実的に遭遇する不利益の一例を挙げれば、一般車両の混雑時に、体調が悪いのに着席できない男性は、女性専用車両がすいていて着席可能であっても、そして、「専用」という言葉には、実際には強制力はなく、内実は「任意の協力」から成り立っていることを知っていたとしても、男性は、女性専用車両には移動できないか、或いはしないであろう。それが一般男性の心理であることは、衆人の認識するところと考える。男性は、病いを背負っていても、女性専用車両の空席に座ることができない。その身体的・精神的負担を考えれば、それは、男性に対する人権侵犯として認識されるべきものと考える。このような主張に対して、社会には、今も、「男なら我慢すべきだ」という同調圧力が存在し、横行するが、そのような性別役割の強要は、男性に対するジェンダーハラスメントとして認識されるべきと考える。男性にも、危機や困難に配慮される権利は、倫理的にも、法的にも、女性と同等に存在するはずなのである。人権侵犯としての「男らしさの強要」は、社会的人間関係から、切り捨てられなければならない。

【3】 鉄道会社の職員の中には、女性専用車両設置の理由として、痴漢被害の回避だけではなく、「男性とは同じ車両に乗りたくない女性」の存在を挙げる人物がいるようであるが、もしも本気でそこまで言うのならば、男性専用車両の必要性に関わって、「女性とは同じ車両に乗りたくない男性」の存在にも配慮すべきである。例えば、近年の女性の中には、とみに性的挑発傾向の強い服装をする人物がいて、そういう女性に翻弄され、強いストレスを感じる男性が、例えば私のように、存在することは事実である。特に混雑した状況の中で、そのような女性と同じ車両に乗るのは、非常に不快である。女性からの性的刺激に翻弄されるのは、男性にとっては不可避の生得的宿命であって、強い性的刺激は、私のような男性にとっては、まさにセクシュアルハラスメントなのである。そういう被害から解放されるためにも、男性専用車両の設置を、強く望む。

【4】 【1】に記したような、男性専用車両不存在のもとでの女性専用車両の拡大は、公共交通機関にとどまらず、日本の社会の様々の場面で、女性限定配慮を是認させる風潮を増幅させ、女性優遇社会、女性専用化社会の拡大を牽引してきたと私は認識するが、ほぼ時期を同じくして、同様の社会的影響力を持つ事象が、私の認識する範囲だけでも、少なくとも二つ、併行的に進行してきた。その一つは、今まで、多数の事例と共にこのブログに書き続けてきた、偽りの男女共同参画運動。要するに、男女の人権の尊重を謳った男女共同参画社会基本法三条に立脚するはずでありながら、実際には、男性の人権を著しく軽んじた女性優遇配慮運動としての男女共同参画運動。そしてもう一つは、これもまた様々の事例と共に書いてきたが、消費の世界を中心として拡大した女性優遇営業戦略。性差別の禁止が法の条文としては存在するにもかかわらず、それが実質的な拘束力を持ち得ない状況の中で、女性限定サービスが、施設拡充を含め、日本全国で拡大した。要するに、このように進行してきた女性優遇、女性の特権階級化の一翼を担った、と言うよりはむしろ、その主役を演じてきたかもしれない「女性限定専用車両」の罪性を、私は強く認識するのである。

【5】 しかしこのような、男性差別拡大の過程にあって、女性専用車両反対運動は、私のような、女性専用車両を是認しつつ男性専用車両の設置を求めるスタンスを否定し、「専用」という言葉の嘘、つまりは「女性車両は男性の任意の協力のもとに成り立っている」という任意性を、司法の判断(注3)を根拠として提示しつつ、周知させる方向が主流となっていった。しかし私は、男性専用車両を否定されつつも、この任意周知活動を担ってきた人たちに対して、敬意の感情も抱いていた。要するに、公共交通機関に於いて、女性は、専用車両を与えられて男性を排除できる特別な存在ではなく、男性の協力の任意性が担保されてこその合法であるという司法の判断、結局それは、公共交通機関での女性の特権階級化、つまりは男性差別を、阻止する活動であると、私は認識してきたのである。

   (注3)判決文の一例を記す。
     ◆ 大阪市が女性専用車両を導入した際の原審
           (大阪地裁 平成15年(ワ)第8046号 平成15年9月29日判決)
       女性専用車両の実施により、女性客にも男性客にも乗車車両について運送
      契約上の義務を負わせることはなく任意の協力によって行われているので、
      優先座席と同様であり、男性が女性専用車両に乗車しても運送契約違反にな
      ることもなく、一般車両に移動する義務もないうえ、何ら罰則もない。

【6】 この、任意性確認と周知のための乗車活動は、恐らくは命がけのような側面を持っていたであろう推測する。しかしそれを、卓越した状況対応能力によって切り抜けてきた活動家たちのおかげで、「女性専用車両には男性も乗れる」という司法の判断が全国に拡散し、かなりの範囲で周知されたと私は思う。実際、私も、鉄道会社に種々の問合せ等をする中で、話題が女性専用車両に及んだ時、複数の職員から「女性専用車両には男性も乗れるんですよ」という発言を聞いている。このようにして、鉄道会社が使った専用という言葉と、司法の判断の乖離性が、広く認識されることとなった。

【7】 しかしこのような任意周知活動は、一方で、越えられない弱点を背負い続けてきたと私は思う。それは、都市の過密車両の中にあって、女性専用車両の効果を上回る痴漢被害対策を提起できなかったことにある。例えば防犯カメラの設置にしても、死角の存在を回避しようとすればプライバシーの問題に抵触する。痴漢被害は回避できないだろう。この件に関わって、痴漢は軽微な犯罪であるという主張があるが、現実には、痴漢被害の軽重は実に多様であって、軽も、勘違いも、冤罪企図も存在するが、同時に、生涯トラウマとなって心に巣食う痴漢被害も、確かに存在するであろうと私は思う。そういう現実に立脚すれば、「任意性の確認」という大前提に立脚しつつも、しかし女性専用車両は必要であるという、そういう判断が、人権上の配慮として、最も質が高いと考えるのである。

【8】 関わって、男性専用車両の必要性に言及すれば、【1】に記した原田信助さんの自殺のように、痴漢冤罪被害は、男性の命までもを奪う。仮に自殺に至らなかったとしても、無実の罪を背負わされた男性は、職場を解雇され、経済基盤を失い、生涯、消えることのない忌まわしい噂に苦しめられるだろう。本人だけではない。子供も妻も父も母も、すべて「加害者の家族」として、生涯、その重荷を背負うのである。痴漢冤罪被害を軽視する人が、その理由として、発生頻度が痴漢被害より低いことを挙げる場合がある。しかし、冤罪被害の深刻さを考えれば、たとえ1件であっても、それはあってはならないことに気付くはずなのである。もしもあなたが気付かない人物であるならば、あなた自身が痴漢冤罪被害にあい、その悲惨を味わい、発狂するほどに苦しみ、死の淵をさまよい続ければよいのである。男性専用車両の必要性の根拠は、女性専用車両と同じである。男女共存車両に於いては、痴漢冤罪被害は回避できない。

【9】 女性専用車両問題には様々の発言があり、様々の議論があるが、何を原点として対峙すべきかを改めて問われれば、それは、上述のように、痴漢被害と痴漢冤罪被害の回避であると考える。「専用」という言葉と「任意であっての合憲」という司法の判断の乖離については、都市の車両の過密が解決しなければ、その溝を埋めることはできないと思う。要するに、司法の判断を認識の基本として据えつつ、しかし、痴漢被害と痴漢冤罪被害の回避のために、実効性が最も高いと判断される女性専用車両と男性専用車両を設置するのである。それが、過密車両を回避できない現状にあっての、為されるべき施策と考える。過密が回避されれば、女性専用車両も男性専用車両も、廃止は可能となるはずである。
 
【10】 その他、様々の議論については、男女それぞれの専用車両を設置した後に、各論として為されるべきと考える。なお、【4】に記したような、近年の日本社会の、女性優遇に伴う女性の特権階級化は、女性限定専用車両の影響を含め、女性の自己中心性を解放し、是認し、結果として、男性を鬱屈した精神状況に追いやってきたと認識する。象徴的であった発言を引用すれば、東京で行われた人権絡みの集会で、壇上に立った女性都議会議員が言った。「今、電車に乗ると、女性はみんな綺麗です。男性は、みんな下を向いています」。また、生涯未婚率を最新の国勢調査(2015年)で見れば、女性は14.1%、男性は23.4%。つまり、男性のほぼ4人に1人が未婚なのである。その背景には、男性の非正規雇用の問題があるだろうが、併せて、女性であることの特権意識が強くなった女性との結婚を躊躇する男性が増えているだろうと推測する。共存するより独身の方が幸せなのである。関連して、象徴的な引用記事もブログに掲載した。例えば、「女子を嫌う小中高男子」(2018/02/05)、或いは、「AI(人工知能)と結婚」(2020/04/17)。離婚問題も含め、男女の愛が育ちにくい時代、男女の愛が壊れやすい時代。それは既に、少子化回避の大きな障壁として存在していると私は思うが、内閣府の少子化対策部局は、このような少子化問題の本質には踏み込めないのではないかと推測する。理由は、これらの問題状況を作り出す役割を演じてきた内閣府の部局が、今も同じスタンスで、男女共同参画運動という美名の仮面をかぶりながら、女性優遇配慮運動を推進しているからである。これらの二つの部局が、本質に踏み込む相互批判をするなどとは、私には、とても思えないのである。

【11】 関連して、このような状況とジェンダーギャップ指数の関係について、思うことを記す。その日本の指数は、女性差別の深刻な証しとして取沙汰され、もしも、議員数の性比だけから論ずるならば、私もその主張を支持することができるが、現在の国会議員の、性差別に関わるスタンスを見るとき、数の上では圧倒的多数を占める男性議員が、現実的には、国民生活の中に拡大を続ける女性優遇、女性限定配慮を、是認、黙認、推進してきたという事実があるだろう。男女共同参画運動であるならば、その、男性の人権を軽んじるスタンス、或いは無視するスタンスに対して、男性国会議員は抑止力として機能せず、限りなくと言いたくなるほど、女性に優しく対応してきたのである。国会議員に限ったことではない。女性限定専用車両であるならば鉄道会社幹部の、消費の世界の女性優遇戦略であるならば企業経営幹部の、そして既に医療機関にまで浸潤してしまった女性優遇配慮であるならばその経営幹部の、勿論、どこの幹部にも今は女性が存在するであろうが、数の上では圧倒的多数と思われる男性幹部が、その男女比の上では女性差別の指標として取沙汰されつつも、内実、或いは現実としては、女性優遇の、つまりは男性差別の加害者としての役割を果たしてきた、という、性差別の構図が、今の日本にはあると思うのである。


posted by 翠流 at 03:14| Comment(2) | 女性専用車両 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする