2015年05月31日

脱男性の時代 (1)

ある人から紹介されて、
渡辺恒夫の「脱男性の時代」(勁草書房)を買った。
初版は、1986年ではあるが、
冒頭の引用文(下記:本書第4章より)は、
私の認識からすれば、今も甚だ今日的で、
私の持つ問題意識に、
次第に、鮮明な姿を与えてくれるように思われた。

  冒頭引用文(本書第4章より)

    人は女として生まれるのではない。女につくられるのだ。
                        ・・・・・・ ボーヴォアール『第二の性』

     この書物を通じて、私はたえずボーヴォアールに対抗し、「人は男として生まれ
    るのではない。男につくられるのだ」という新たなる定式を強調してきた。そして、
    その論拠の一つとしてたえず援用してきたのが、男であることに間断なく苦しみ、
    漠たる空想にとどまることなく、真の意味で、生涯かけて変性を願望する男性は、
    女であることに間断なく苦しみ、真の意味で変性を願望する女性よりもはるかに多
    いという、現代性科学の発見だった。

もしも、これから書くことの中に、
私が、私であるがゆえの、
ひとりよがりの偏見があるとすれば、
それはむしろ、幸いなことなのかもしれないが、
日々、日常の中の男たちを見るにつけ、
私には、彼らの人格のどこかに、
いつの間にか、自らが男性であることに囚われて、
無理をして、不器用に、
男性であろうと、或いは男性になろうとしている姿が、
あるように思われる。

たとえば私が好きな喫茶店を訪れるカップルの、
男たちの、言葉や仕草や表情の中の、
男性であるがゆえの、或いはそれに囚われた、脆弱な姿。

それに比べれば女たちは、
女の時代の今にも支えられながら、
いつの日も自然に、したたかに女であって、
美しい髪も、美しい肌も、その化粧も、
そして、美しさをまとうことのできるそのからだも、
脆弱さなど微塵もなく、この世界に存在しているように見える。

したたかな女たちと、
その手のひらの上の男たち。

ところで私は、
性同一性障害の人たちとの交流会の中で、
ある MtoF の人から聞いた。
彼女(彼)が通院しているジェンダークリニックの医師によれば、
最近は、MtoF の通院者が、
性同一性障害であるか否かの判断が難しくなっているのだそうだ。
それは恐らく、
男性であることのストレスの増加から、
女性への変性を望む男性が増えていることの証であろうと、
私は、その話を聞いた。
女の時代が、男性の、
変性願望を増幅させている。


posted by 翠流 at 01:54| Comment(3) | 書籍紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月22日

近況報告 (4)

  「近況」と言っても4か月前のことになってしまったが、企業や公共施設などの個室
 トイレについて、「性別に関係なく使える『ジェンダー・ニュートラル』対応を義務付
 ける条例が発効した」というを記事を読んだ。と言っても日本のことではない。米ウェ
 ストハリウッド市のニュースである(URLは下記)。記事によれば、市内には「トラ
 ンスジェンダーの人々が多く住んでいる」という状況はあるようだが、たとえ少ない地
 域であっても、例えば「誰もが使えるユニバーサルトイレ」のような形で、配慮はなさ
 れなければならない。マイノリティーの人権が無視されてよいはずはない。

  日本でも、同様の動きはないわけではなく、一昨年の秋、ある団体が、文科省に対し
 て、学校での性同一性障害の生徒に対するトイレの配慮について、要望書を提出した。
 私は、このニュースに突き動かされるような衝動を感じて、実はその年の冬、性同一性
 障害の人たちとの交流会に参加した。打ち解けた歓談の場の、私の近くで、二人の Mto
 Fの人がささやき合っていた。「ねえ、ここのトイレは・・・?」「大丈夫。ここはユニバ
 ーサルだから・・・」。男女別トイレは Gender Identity Disorder の人たちを疎外する。

  ところで、例の「カフェ・ド・クリエ・新宿東信ビル店」のトイレの件について、1月
 19日付で、人権侵犯事実不明確の通知がきた。私はショックであった。その日の午後
 であったか、東京法務局に電話をするも、担当者は不在であった。代わりに電話を受け
 た職員には、私の思いを受けとめる感情がなく、私は苛立ち、語気が強くなった。私事
 にさえ踏み込んだ私の訴えも、結局は意味を持たなかった。それはたぶん、私が男性で
 あるからだろうと、私は猜疑を抱く。男性は、不当な性別観の、犠牲者なのである。

  店内ただ一つのトイレを女性専用として、他の客には外の公衆トイレを使わせる「新
 宿東信ビル店」、憎むべき「カフェ・ド・クリエ」、そして、今回もまた「人権侵犯事実
 不明確」の結論を出した東京法務局と法務省。

  トイレの問題だけではなく、営業戦略としての女性優遇、女性の特権階級化に歯止め
 をかけるためには、その視点から「営業の自由」を制限する法整備が、なされなければ
 ならないと感じる。

  なお、上の記事のURLは次の通り。記者の用語の使い方等には、疑問を感じる部分
 があるが、記された施策の方向は教訓的であると思う。

  http://www.sankeibiz.jp/express/news/150115/exd1501150000001-n1.htm

posted by 翠流 at 00:55| Comment(0) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月13日

国立教育政策研究所へ (3)

2013年(H25)の8月と12月に、
国立教育政策研究所・文教施設研究センタ−へ、要望書を送った。
理由は、記事カテゴリー「災害対応(2013年)」の中の、
「国立教育政策研究所へ(1)(2)」に書いてあるが、
要するに、全国の公立学校を対象に行っているアンケート調査、「学校施設の防災機能に関する実態調査」には、
「女性のプライバシーに配慮したスペースの確保」という項目はあったが、
男性に対しては、これに相当する項目がなかったのである。
私には、それが、非常にショックであった。
なぜならそれは、「すべての人の人権を尊重すべき学校教育の現場」に、
男性に対しては、個人の感受性の如何に関わらず、
プライバシーには配慮しなくてよいという、
人権を無視した「差別の通達」が下りたのと同じだからである。
プライバシーへの配慮は、人間の尊厳に関わる問題である。
プライバシーへの配慮は、性犯罪防止だけのために行われるものではない。
それ以前に、人間の尊厳に関わっているのである。
感受性は人によって違う。
性別で、単純にカテゴライズできるものではない。

一昨年、私の要望書を読んだ担当者は、
同年11月21日に、返事を聞くために電話をかけた私に対して、次のように言った。
「今年度調査済みの項目については修正できないが、来年度に向けて、項目全般的を見直す。」
私はその結果を聞くために、先月、4月9日に、担当者に直通の電話をかけた。
彼は在室であった。私は彼の声を覚えていた。彼も私を覚えていた。
彼は、私の問いかけに対して、次のように答えた。
「アンケート項目から『女性の』という語句をとった。」

私は、確認するために、国立教育政策研究所のホームページを開いた。
確かに彼の言う通りであった。
2014年の項目から、『女性の』という語句は消えていた。
関連部分を、2012年・2013年・2014年の順に、URLと共に記す。

2012(H24)年 
   ・要援護者や女性のプライバシーに配慮したスペース〈新規〉
   http://www.nier.go.jp/shisetsu/pdf/bousaikinou2012.pdf
2013(H25)年 
   ・要援護者や女性のプライバシーに配慮したスペース
   http://www.nier.go.jp/shisetsu/pdf/bousaikinou2013.pdf
2014(H26)年 
   ・要援護者やプライバシーに配慮したスペース
   http://www.nier.go.jp/shisetsu/pdf/bousaikinou2014.pdf

猜疑心が強くなっている私は、怯えのように、『女性の』という語句を『男女の』にしなかった理由が気になった。2年間の『女性の』という言葉の効果が、その後も続きやすくなるように、つまり、内実は、男性に対する人権軽視を抱えたままであるために、あえて、『男女の』という言葉を避けたのではないだろうか・・・? しかしたとえば、性同一性障害の人たちへの配慮を考えれば、『男女の』という言葉はないほうがいい・・・。しかし、国立教育政策研究所はそこまで考えたのだろうか・・・? 

私は結局、この戸惑いを捨てることができず、5月8日に、再び担当者に電話をかけた。
『男女の』にしなかったのはなぜか、と聞く私に、
彼は、「いろいろな場合がある。高齢者とか・・・」と答えた。
「そうですね、性同一性障害の人たちへの配慮も・・・」と受けた私に、
彼の、意表を突かれた緊張感のような息遣いが感じられた。

どのような話し合いを経て、表現が変わったのかはわからない。
しかしとりあえず、一昨年の要望によって、
退行でもなく、現状維持でもない表現を、
獲得することはできた。

男女共同参画社会基本法第三条(男女の人権の尊重)

  男女共同参画社会の形成は、男女の個人としての尊厳が重んぜられること、男女が
 性別による差別的取扱いを受けないこと、男女が個人として能力を発揮する機会が確保
 されることその他の男女の人権が尊重されることを旨として、行われなければならない。


2015年05月01日

投稿原稿ー5  男性の人権を守るために 【3】

前回掲載した「自殺対策要望書」の内容を使って、
「投稿原稿ー5」・・・「男性の人権を守るために【3】」を作成した。
内容の重複を考え、当初、ここには掲載しない予定であったが、
私に与えられた字数に収めるために推敲をくりかえしていたら、
また別の表現にも出会い、
このブログに来てくださる人たちに、
また読んでもらいたいと思うようになってしまった。

ところで、過日、差別ネットワークのブログの、
コメント欄でも話題になった静岡市長選の、最終得票数を確認したいと思い、
静岡市の選挙管理委員会に問合せの電話をしたら、
結果は次のようであった。

  1.タナベノブヒロ  184,856
  2.タカタトモコ    68,895
  3.マツウラトシオ   22,066

もちろんこの中の「タカタトモコ」が、
皆さんご存じの、「憲法違反の女」である。
彼女は、「女性市民税ゼロ」をマニフェストに掲げて立候補し、
落選はしたものの、7万票近い票を獲得した。
この、市長選の結果を見て、
全く、愕然とするというか、唖然とするというか、あきれ果てるというか・・・・・。

しかし、このブログで発言してきたように、
本来ならば法に抵触するはずの様々の「女性優遇」が、行われ続けてきた日本。
それを思えば、土壌はすでに醸成されていたと感じる。
同様のことは、これから先も、日本全国でくり返されるように思う。

狡賢い人間は詭弁を弄して、自己本位の利益誘導のために、巧みに法解釈を変更する。
女性優遇是認の大きな流れは、詭弁を正当化し、
日々、女たちの「特権階級化」が進む。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「投稿原稿ー5」・・・ 男性の人権を守るために【3】                 
                                      
3.内閣府男女共同参画局へ

(1)はじめに                              
  内閣府男女共同参画局(以下「男女局」)へ「自殺対策要望書」を送った。男女局は第三
 次男女共同参画基本計画の第1部「基本的な方針」に、「男女共同参画社会の実現は、女性
 にとっても男性にとっても生きやすい社会を作ることであり、政府一体となって取り組む
 べき最重要課題である」と書きながら、実際には、既述のように、男性の人権を軽視、或い
 は無視した「女性優先・女性優遇・女権拡大」の施策を行ってきた。それは、日本国憲法
 第14条(法の下の平等)そして男女共同参画社会基本法第3条(男女の人権の尊重)との
 乖離である。「男女共同参画」という「美名」で「本質」を隠した、自己本位のフェミニズ
 ム運動の拠点、内閣府男女共同参画局。「かつて女性は差別されてきた」という言葉は、粗
 雑に、乱雑に使われ、全国の男女共同参画部局でも流行語のようになった「男女共同参画
 の視点」は、例えば災害対応に見られる事例(注1)のように、「女性優遇の視点」と同義
 に使われている。男性に対して「我慢」や「女性優遇是認」を強要する「性別観・性別役
 割意識」の男たち或いは女たちは、私のような発言をしない。そして、男女局の施策は、
 このような規範意識への依存、或いはその上に胡坐をかく姿勢によって進められてきたと
 思う。男女局は、「男性の不利益」には配慮しない傾向が強い。その姿勢は、様々の施策に
 現れている。                                   

(2)「自殺対策要望書」の構成                           
  前号で示したように、自殺者数には、長期に渡る明白な「性差」が存在し、それは、国
 策としての自殺対策以後も変化していない。しかし男女局は、この「男性に多い自殺」の
 問題に、非常に消極的なスタンスをとってきた。それは、とりもなおさず、この問題が「男
 性にとっての不利益」だからであると、今の私は考える。もしも「自殺者数の男女差」が
 逆であれば、男女局は大騒ぎをしてきたに違いない。勿論マスコミも、そして、どこかの
 国の首相という人も。では、なぜそうなるのか。それは、要するに、男女局の体質の問題
 は勿論あるが、むしろそれ以前に、私たちの社会に根を張る「性別観・性別役割意識(前
 号参照)」に、根本的な原因があると私は思う。「男性の生きにくさ」は、「被害者が男性
 であるがゆえに」軽んじられるのである。私は、このような男性差別と自殺対策を絡めて、
 男女局への要望書を作成した。「女性にとっても男性にとっても生きやすい社会」を求めて
 この問題を検討するのは、男女局の仕事のはずである。               
  要望書は次の4つの内容で構成されている。(a)自殺の状況と性差の再認識 (b)男性に
 対する性別観・性別役割の呪縛 (c)男女共同参画局としての男性に対する支援のあり方に
 ついて (d) 要望の要約。このうち(a)と(b)は、前号の「男性の人権を守るために【2】」
 と共通の内容が多いため、今号では省略した。ただし前号の【表1・2・4】には、今年3月
 に自殺対策推進室が公開した「自殺の統計(2014年)」の数値を加え、【表3】は 2014
 年のデータと置換した。しかし傾向に変化はない。尚、要望書には、この原稿末尾の【表
 5】【表6】を加えた。                              

(3)「自殺対策要望書(c)(d)の要約」・・・ 要望書は長文となった。この投稿に与えられた字
                  数の範囲で、主に(c)(d)の内容を要約する。    
 ◆【表1〜5】が示す自殺者数の性差をふまえ、内閣府男女共同参画局に、「男性の自殺を
 減らすための積極的な改善措置(注2)」を要望します。「第三次男女共同参画基本計画・
 第2部・第3分野」の「成果目標」には「自殺死亡率の減少」が掲げられていますが、「男
 性の自殺を減らすための改善目標」は設定されていません。これを検討し、「第四次男女共
 同参画基本計画」に加えるよう要望します。「第三次男女共同参画基本計画」の第1部「基
 本的な方針」にあるように、「男女共同参画社会の実現は、女性にとっても男性にとっても
 生きやすい社会を作ることであり、政府一体となって取り組むべき最重要課題である」は
 ずです。                                    
 ◆「男女共同参画白書・平成26年版」によれば、男女局も、ようやく、全国各自治体での
 「男性相談体制確立に向けた取組み」を始めたようで、それは、白書の「本編・2・第1
 部・第4章・第1節・7」そして「第2部・第4章・第1節」に記されています。しかし、
 相談体制の確立は、自殺対策として必須ではあっても、それだけでは、「性差」は変わらな
 いと思います。なぜなら、男性に対する「性別観・性別役割意識」が、今後も、「日常の」
 様々の場面で、男性を追い詰める役割を果たすと考えられるからです。         
 ◆ この問題について、男女局と私の認識に共通性が全くないわけではなく、それは例えば
 「第三次男女共同参画基本計画・第2部・第3分野・具体的施策・キ」や、「男女共同参画の視
 点からの防災・復興の取組指針ーp.3・p.4」等に記されています。しかしそれは、あくまで
 も文章として記された認識の共通性だけであって、男女局は、現実的には、私たちの日常
 から「男性を追い詰める要素」を取り払う役割は果たしていないと思いますし、むしろ逆
 に、後述するように、男性に対して不当なストレスや不利益を強いる差別の施策が多数存
 在します。                                   
 ◆ 関連して、概括的に言えば、女性は、男性によって、或いは社会によって「守られる存
 在・守られて当然の存在」として位置し、この認識によって、男女間に人権上の配慮の不
 均衡を生じます。女性優遇・男性差別の出現です。例えば、今回は要点だけを記しますが、
 今の日本の女性優遇・男性差別是認の象徴的存在として、「女性専用車両だけの存在」があ
 ります。「痴漢対策としての女性専用車両」は存在しても、「痴漢冤罪対策としての男性専
 用車両」は存在しないのです。痴漢被害も・痴漢冤罪被害も、被害者の人生を破壊します。
 例えば、周知のように、原田信助さんは、痴漢冤罪被害のために新宿駅で自らの命を絶っ
 たのです。しかし、このような現実があるにも関わらず、鉄道会社は男性専用車両を設置
 しないのです。                                 
 ◆ 要するに「性別観・性別役割意識」が、女性と男性に、異なる社会的位置を与えている
 のです。「守られる存在としての女性」そして「自分で自分を守らなければならない存在と
 しての男性」、この位置関係が、様々の場面で男性を追い詰め、その結果として、自殺者数
 の性差が、今後も現れ続けると思うのです。                    
 ◆ ですから、自殺対策に関わる男性支援として重要なことは、「男性相談体制の確立」だ
 けではなく、「男性を追い詰める性別観・性別役割意識」を是正し、男性を危機やストレス
 から解放していくこと、或いは、その「性別観・性別役割意識」に対する支援を「日常の
 中に」作り出すこと、そして、男性の人権を軽視・無視する風潮、男性差別を是正し、男
 性の幸福感・安心感を高めることだと思うのです。そしてそれは、全国の男女共同参画関
 連条例を含め、「法」に記された理念、「法の下の平等」「男女の人権の尊重」に立脚すれば
 可能なはずなのです。                              
 ◆ しかし、現実はそうなっていない。いやむしろ日本の社会は、後述する具体例のように、
 男性差別が拡大する方向に進んでいます。「かつて女性は差別されてきた」という言葉を旗
 印に、女性差別撤廃運動を展開するのは大変結構なことです。女性差別はあってはならな
 いのです。しかし現実には、今の日本は、男女平等実現を逸脱して、女性優先・女性優遇
 ・女権拡大の方向へ進んでいます。男性の人権が蔑ろにされ、男性差別が拡大しているの
 です。                                     
 ◆ 男性差別拡大の流れは、大きくは三つあると思います。いや、実際は他にもありますが、
 今の私の認識の範囲で明言できる現象は三つある。その一つは、今回の要望書に詳細は書
 きませんが、「女性をターゲットとした企業の女性優遇戦略」。そしてもう一は、前述の、
 公共交通機関での「女性専用車両だけの存在」。そしてもう一つが、他ならぬ「内閣府と全
 国の男女共同参画部局の施策」であって、これらは相乗作用を伴いながら、「女性の特権階
 級化」を確実に進行させています。                        
 ◆ 男女局の施策につきましては、今回、「災害対応・健康支援・ポジティブ・アクション」
 について発言させていただきます。「災害対応」につきましては、既に、関連部局等に、種
 々の要望書を提出していますが、男性差別は非常に多く。男女共同参画社会基本法第3条
 との乖離を強く感じます。今回はその中から二例を取り上げます。一つは「相談体制」そ
 のものに関わる男性差別、もう一つは、被災者の生活支援に関わって、男性の人権を全く
 無視した施策の一例です。                            
 ◆「相談体制」については、東日本大震災以降、内閣府男女局が同名のままに継続してき
 た施策、「被災地における女性の悩み・暴力相談事業」の問題があります。この件につきま
 しては、既に昨年、男女局推進課宛に改善の要望書を提出しましたが、要するに、例えば
 「震災関連自殺者の75%が男性である(文末【表5】)」というような事実が示すように、
 男性も苦しんできたのです。にもかかわらず男女局は、男性を相談の対象から外したので
 す。また、DV被害も女性だけに局限された現象ではない(注3)。それは、内閣府男女局で
 あれば十分ご存じのはずでしょう。ならばなぜ、男性を相談の対象から外したのですか。
 それは、男性の困難を顧みない「差別」ではありませんか。                  
 ◆「被災地での生活支援」については、「宮城登米えがおねっと」の「女性のニーズに寄り
 添った物資の支援」(注4)を取り上げます。それは「女性だけへの手厚い支援」であり、
 男性への支援が存在しないのです。そして、それに何のコメントもつけずに、あたかもそ
 れが優れた典型実践であるかの如く掲載した内閣府男女局。女性には、個人のサイズまで
 調べた新しい下着を配るのに、男性にはそういう配慮が全くない。それでは「男性は汚い
 下着のままで暮らせ」と言っているのと同じではありませんか。どうしてそのような差別
 ができるのですか。男性は、人間としての尊厳を全く無視されているではありませんか。
 それはまさに、男性に対する「不当な性別観」そのものではありませんか。      
 ◆ 第三次男女共同参画基本計画の「健康支援」も同じことです。第10分野「生涯を通じ
 た女性の健康支援」の女性への配慮に比して、男性への配慮が弱すぎるのです。現実には、
 男性は、明白な性差としての、「自殺・病に対する弱さ(注5)・短命」の問題を抱えてい
 る。そういう現実を見つめる視座が、あまりにも脆弱すぎるのです。         
 ◆ ポジティブ・アクションも同様です。例えば安部首相は、「国家公務員採用者女性割合を
 必ず30%まで引き上げる」と発言してきましたが、教育の機会均等・受験の機会平等が保
 障されている日本にあって、更に、男女局が行った「学校教育の場における地位の平等感
 調査(平成24年)(注6)」の「20〜29歳」のデータを見れば、そこには有意の男女差は
 ないであろうと推測されます。つまり、システムとしても内実としても「男女平等」が確
 立したと判断される学校教育の一つの到達点としての採用試験の場で、数値目標達成のた
 めの女性優遇採用(注7)が行われれば、それはまさに裁かれるべき不正入試と同じでし
 ょう。                                     
 ◆ 更に、【表4】に示された「就職失敗による20代の自殺者の8割から9割を男性が占め
 る」事実を考えるとき、それとポジティブ・アクションが無関係であると言い切ることがで
 きるでしょうか。例えば、「男性は家庭を支える経済力を持たなければならない」という性
 別観に囚われた男性が、実力主義に離反した女性優遇採用によって就職活動に失敗し、自
 ら命を絶つ可能性は、十分あり得るのではないでしょうか。             
 ◆ 男性に対して「困難や孤独や責任や被差別(女性優遇)の受容」を要求する「性別観・
 性別役割意識」が、男性の「生きにくさ」を増幅させ、その延長線上に、「自殺者数の性差」
 が現れ続けていると思います。日本の社会に広がる女性優遇是認の風潮は、「かつて女性は
 差別されてきた」という言葉と、非常に粗雑に、乱雑に絡み合いながら、内閣府や全国の
 男女共同参画部局の施策を含め、「男女平等の実現」を逸脱して「男性差別」を拡大させ、
 男性のストレスを不当に増幅させています。このような現実に改めて目を向け、日本国憲
 法第14条、そして男女共同参画社会基本法第3条と乖離した施策を是正し、男女両方の人
 権を尊重した施策を展開してください。また、同様の視点で、全国の男女共同参画部局に
 対して、啓発メッセージを発してください。第四次男女共同参画基本計画の策定に向けて、
 強く要望します。人権は女性だけにあるわけではない。男性にも人権はあるのです。  

【注釈】インターネット検索項目等 ・・・ 文中の語句から検索可能と思われる項目については
                  (注)を省略した。               
(注1)非常に多くの事例があるが、関連記事を一つ記す。題は【「あおもり被災地の地域コ
   ミュニティ再生支援事業実行委員会」へー男性差別とたたかう者のブログ】。URLは次
   の通り。http://mzkisaragigid.seesaa.net/article/412358053.html      
(注2)敢て「男女共同参画社会基本法第2条」と同じ表現を使った。         
(注3)「配偶者等からの暴力(DV)に関するアンケート調査及び被害者実態調査」・H21
   (横浜市市民活力推進局・こども青少年局)p.8【配偶者やパートナーから暴力にあた
   る行為を受けた経験】                            
(注4)「男女共同参画の視点からの防災復興の取組指針・解説事例集」p.38・取組み事例13
(注5)国民の死亡原因の第1位「悪性新生物」による年間死亡者数(男女別)を【表6】
   として示した。                               
(注6)「男女共同参画社会に関する世論調査・図4・内閣府」。URLは次の通り。    
   http://survey.gov-online.go.jp/h24/h24-danjo/zh/z04.html        
(注7)女性優遇採用の行われた可能性は、平成25年度大阪府・大阪市職員採用試験、及び
   平成26年度名古屋市職員採用試験でも指摘されている。後者の関連記事を一つ記す。
   題は【名古屋市職員採用試験ー男性差別とたたかう者のブログ】。URLは次の通り。 
   http://mzkisaragigid.seesaa.net/article/410384276.html          

◆ 資料 ・・・ 下表の番号は、前号に続く。なお、前号の表3の訂正を下に記す。     

【表5】東日本大震災に関連する自殺者数の割合 (H23年6月〜24年2月)      
                       (女性) (男性)  (計)     
   震災関連自殺者数(H23年6月〜24年2月) 24.6%  75.4%  100%     
   全国の自殺者数(平成23年)       31.6%  68.4%  100%     

【表6】悪性新生物による年間死亡者数(厚生労働省 人口動態統計)         
              男性     女性     計             
   H17(2005)年  196,603  129,338  325,941           
   H18(2006)年  198,052  131,262  329,314           
   H19(2007)年  202,743  133,725  336,468           
   H20(2008)年  206,354  136,609  342,963           
   H21(2009)年  206,352  137,753  344,105           
   H22(2010)年  211,435  142,064  353,499 第三次計画決定  
   H23(2011)年  213,190  144,115  357,305           
   H24(2012)年  215,110  145,853  360,963           
   H25(2013)年  216,975  147,897  364,872           

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(追記) 【表6】は、内閣府男女局への「自殺対策要望書」には含まれていない。    
    今後、健康支援に関わる要望書で使用する予定。

               
posted by 翠流 at 06:51| Comment(0) | 投稿原稿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする