2015年02月16日

マイノリティーの人権 (1)

このブログを立ち上げる時、
私は、自分の立脚点を示すために、
憲法については14条と13条を引用して、
題名の下にブログの紹介文を書いた。
題が「男性差別とたたかう者のブログ」であるのに、
14条だけではなく13条も引用したのは、
一般的な(と、とりあえず表現するが)男性差別の問題にとどまらず、
マイノリティーに対する差別、或いは、
「男は…」「女は…」というような、個性を無視した二項対立的視点に起因する差別を、
許せない自分、受け入れられない自分が、
長い間、存在し続けてきたからである。

振り返ればその萌芽は、小学校6年の時であった。
私は、少年であるという理由によって、
あるものを求める思いを拒否され、それを手に入れることができなかった。
少女ならば何の制約もなく、それを手に入れることができたというのに・・・・・。
なぜなのだ……。なぜそうなのだ……。
私がただ、少年であるという理由によって……。

     ◆      ◆      ◆

マイノリティーの人権については、ある弁護士の言葉が印象に残る。
彼は、同性愛者に対する差別とのたたかいの中で、
「13条を拠り所としてたたかい続ければ、いつか必ず、未来の開ける日がやってくる」と
発言していた。
私は、性愛については straight(異性愛者)であるから、
その意味では被差別者ではなかったが、
彼の言葉によって、13条は忘れられない存在となった。

マイノリティーや、その対極としてのマジョリティーの位置について、
私たちの日常を素直に見れば、
マジョリティーは、例えば空気の存在を意識せずに暮らしている私たちと同じであって、
彼らは、平凡であることの幸せを、意識せずに享受している。
しかし、それができないマイノリティーの日常は、
非凡さのゆえに、恐らくは、マジョリティーの理解を越える。

平凡が、幸せの必要条件であって、
非凡は、不幸との契約であると、
心の中で反芻していた時期があった。

しかし時代の変化を見れば、
マイノリティーに対する人権擁護の気運は、今の日本では確かに高まっていて、
まだ、「自由の身なればこそ」ではあるが、
私もまた、生きやすくなった一面がある。
例えばそれは、昨年4月の記事、
「ロングカ−ディガン(カテゴリ…日記・つぶやき)」の世界のように。

しかしその、人権擁護の気運は、
例えば、法務省が、重すぎる腰をようやくあげて、
2002年から、性的マイノリティーの人権擁護を、
「おもな人権課題」の中に取り上げるようになったというような、
国の姿勢の変化、そしてその結果としての社会の変化に、
恐らくは負うものであって、
私がこのブログで訴えてきたような男性差別解消の多くは、
性別観を含め、今の日本の社会の、男性に対する不当な偏見等によって、
現在では、性的マイノリティーの人たちよりも、
むしろマイノリティーであるかもしれない位置からの、
届かない叫びのようにも思えてくる。

先日、私は、法務省の人権擁護局人権啓発課に、問合せの電話をした。
そのとき私の電話を受けた、ある人の話によれば、
法務省が、性的マイノリティーの人権擁護に踏み込んだ契機は、
当時、社民党の議員であった上田氏の、国会質問だったのだそうだ。
では、私たちは、どうすれば、
男性差別解消の思いに、実効性を持たせることができるのだろうか ?

posted by 翠流 at 01:03| Comment(0) | 人権擁護への思い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする